アギーレ体制全試合出場の酒井高…内田の離脱で一気にレギュラーへ

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文/元川悦子

 年末年始を挟んだ国内での事前合宿を終え、3日にオーストラリア入りした日本代表。2連覇のかかる2015年アジアカップ初戦・パレスチナ戦(ニューカッスル)は刻一刻と迫っている。

 今回の日本代表は、2014年ブラジル・ワールドカップまでの4年間、不動の右サイドバックとして君臨した内田篤人(シャルケ)が右ひざの状態を考えて欠場を余儀なくされた。ハビエル・アギーレ監督は同じ右サイドバックの選手ではなく、センターバックを本職とする植田直通(鹿島)を追加招集。「右サイドは昌子(源)、塩谷(司)、植田もできる。(吉田)麻也もプレミアリーグで右で出場した」と数多くの選択肢があることを強調したが、やはり勝負がかかった大舞台で急造右サイドバックを起用するのはリスクが高い。となると、やはり左右両方をこなせる酒井高徳(シュツットガルト)の存在がクローズアップされてくる。

 彼にとってアジアカップは実に因縁深い大会だ。4年前の2011年カタール大会は19歳でメンバー入りしたが、大会直前に腰痛が悪化し、まさかの事態を余儀なくされたのだ。その代役として選ばれた森脇良太(浦和)がムードメーカーとしてチームに貢献したことから、アルベルト・ザッケローニ監督はしばらく森脇を重用。さらに柏レイソルで酒井宏樹(ハノーファー)が急成長したこともあり、酒井高徳のA代表デビューのチャンスはさらに遠のくことになった。

 そんな最中に、母親の出身国であるドイツ代表入りもささやかれる状況に陥ったが、本人は「日本代表しか考えていない」と断言。生まれ故郷の新潟で行われた2012年9月のUAE戦でようやく初キャップを踏むことができた。そこからは左右両サイドできる万能性が買われて定期的に招集されたものの、あくまで長友佑都(インテル)や内田のバックアップ役にとどまった。2014年ブラジルワールドカップも最後まで出番なし。2人の牙城を崩すきっかけを見いだせかった。そういう4年間の流れを振り返ると、2011年のアジアカップ欠場というのは非常に痛かった。

 だが、昨年9月に本格始動したアギーレジャパンでは最初から重要な戦力とみなされた。内田が代表を続けるべきか否かで揺れ動き、長友もケガを繰り返し、酒井宏樹も9月のウルグアイ戦(札幌)で失点に絡むなど、他のライバルたちが苦境を強いられる中、彼はクラブでも代表でもコンスタントにピッチに立ち、実績を積み上げている。アギーレ体制6試合全てに出場したサイドバックは酒井高徳だけ。そういう意味でも、今大会はフル稼働してもらなければならないはずだ。

「初戦を迎えるに当たってリズムをつかみたいなと思うし、初戦でいかに乗れるかか乗れないか。前回は初戦でヨルダンと引き分けのところまで行ったんですけど、その後もうまく乗れなかった。結果的に優勝したけど、そういったことにならないためにも、やっぱ初戦をしっかり勝つことが大事。チームとして緊張感持ってやりたいし、個人としても日本代表が優勝するために1つ1つの試合でできることを試合で発揮するだけかなと。日本でいい準備ができたんで、それをオーストラリアでもしっかり続けたいと思います。

 自分が出続けるために必要なことを1つと言われたたら、やっぱり結果だと思う。それはずっと言い続けることだけど、ホントにこの大会で結果を残したい。チームとして1つの形を残せた時に、自分がピッチに立っていられれば、自分にとってもいい結果になると思う」と酒井高徳はつねに献身的な姿勢を持ちつつも、自身がチームをリードするくらいの意欲を見せたいと思っているようだ。

 そういう姿勢を右サイドでタテ関係を形成する本田圭佑(ミラン)も高く評価する。

「高徳には日々、さらに上のプレーを要求しているし、一緒にやるだけよくなってるなっていう印象がある。あと必要なのはさらに経験を積むこと。フィジカル的にも技術的にも非常に高いものを持ってるし、後ろで見てても安心できてる部分はある。ドイツで何年もやってるからって部分はあるんでしょうけど」と大黒柱も完全に欧州組の実績ある選手と認め、新たな右の生命線を一緒に構築している。それを酒井高徳も前向きに受け止めているに違いない。

 前回19歳だった彼も今年3月には24歳になる。アギーレジャパンは全体的に高齢化が進んでいるだけに、酒井高徳は若い方に入るが、世界的に見ればもはや若手とは言えない。そんな彼が2度目の年男となる節目の2015年に代表レギュラーを確実にすれば、日本代表も新たな風が吹いてくる。そうすべく、今回はパレスチナ戦から全身全霊を込めて戦い抜いてもらいたい。