プロダクトデザイン・バブル崩壊後の時代を生きるデザイナーを”拡張”する装置、液晶ペンタブレット

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グラスをはじめとする日用品から、工芸品、家具、家電製品、産業機器、モビリティ、アート作品に至るまで、国内外でさまざまなプロジェクトを抱えている若きプロダクトデザイナー・鈴木啓太。彼の活動を貫くモットーは、自身の手から生まれたものを誰かの手へと届ける、「手から手へ」だという。そんな彼が、紙ではなく、液晶ペンタブレット「Cintiq」にはじめてペンを走らせた…。

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鈴木啓太KEITA SUZUKI
1982年愛知県生まれ。プロダクトデザイナー。幼少のころより骨董蒐集家の祖父の影響を受け、ものづくりを始める。 2006年に多摩美術大学プロダクトデザイン専攻を卒業後、NECデザイン、イワサキデザインスタジオに勤務。家電製品、情報機器、文房具、家具のプロジェクトに携わる6年間を過ごす。2012年に独立し、デザインオフィス『PRODUCT DESIGN CENTER』とプロダクトブランド『THE』を設立。2013年には KITTE(丸の内)に直営第1号店となる『THE SHOP』をオープンさせる。

プロダクトデザインの「いま」

プロダクトデザインの世界では、2000年ころにバブルとでも言うべきブームが起こり、世界的にスターが生まれ続けました。あの頃は「”作品”をつくり、それをいかにプレゼンテーションするか」といった文脈がより重視され、プロダクトアートとも呼ぶべきものがたくさん発表された時代だったと思います。

そのバブルも現在では終焉し、より現実的なところをみんなが指向しはじめた、というのが最近の傾向ではないでしょうか。「より現実的」というのは、プロダクト本来の「道具的なところ」に戻っているという意味です。同世代のデザイナーたちも、大きな会社と大きなプロジェクトをすることだけを目指すのではなく、「下町の町工場を、デザインによっていかに助けるか」といったローカルレベルのものづくりを志向する人が増えてきました。

2000年ころからの10年で、一番変化したのはスマートフォンが生活の中心にあることでしょうか。なんでもスクリーンで見られるし、「もう体験したし、それで十分」という気分が醸成されやすくなったと思います。「家から出なくても毎日たのしい」。そんな風潮があるなかで、ぼくたちはリアルなプロダクツによって新しい『体験』をデザインしていかなければなりません。

いま、ウェブやインタラクションの世界で起こっていることは、2000年代のプロダクトデザイン・バブルの時代に近いものを感じます。あのころは、とにかく「スピード感と新しさ」をひたすら研鑽していくことで時代をつくっていくというパワーがあったように思います。そういった意味でいうといまは、時代が変わったような印象をもっています。時代が落ち着いたというか、より本質的にプロダクトに向き合える時代になってきたかなと思うんです。

そんななかでいま自分が目指しているのは、道具としての本質的なところに戻っていきたいということです。デザインブームがあってたくさんの新しいデザインが生まれても、インターフェイスが暮らしの中心になっても、グラスはいつまでもグラスだし、それが何かに置き換わることはない。必要な道具が世のなかには確実にあって、それを少しずつでもいいからアップデートしていくことが、現在のプロダクトデザインの役割なのかなと感じているというか。

そういう意味では、いまのプロダクトデザインを取り巻く状況は、アート的でもないし、スピード感で勝負しているわけでもない。ある意味時代から切り離されて、ゆっくりじっくりいいものがつくれるチャンスではないかと捉えています。


プロダクトデザイナーと 3D プリンターの関係性

3D プリンターと呼べるものには、10年くらい前から触れているんです。学生時代、大きな行政の施設にあった光造形を使って試作品をつくる体験をしましたし、大学を卒業後に入った会社ではラピッドプロトタイピングが不可欠だったので、石膏プリンターといわれる粉末積層型のプリンターを普通に業務のなかで使っていました。

現在のぼくの 3D プリンターの使い方は、金型を必要とするプロダクトの開発プロセスのなかで日常的に使っている一方で、伝統産業とテクノロジーを掛け合わせて新しいデザインをつくる作業も行っています。テクノロジーと伝統、その両方に携わりながら、最近、そもそもプロダクトデザインというのは、本来オーダーメイドみたいなものが基本にあったんじゃないかということを考えています。

「プロダクト」とは「道具」と同義で、例えば『2001年宇宙の旅』で類人猿が骨を武器にしたように、本来は、本来自分で発見してつくる、自分に合わせてカスタマイズするという、身体の拡張というか、もうひとつの手をつくるといった要素が、プロダクト(=道具)には備わっていると思います。

近代以降、人がものを渇望した時代があり、そのスピード感に合わせるためには、同じものを大量につくる『大量生産』をしなくてはならなくなりました。

大量生産品は、もちろん「すべての人が使いやすいこと」を目指しているけど、これだけ生き方や趣味が細分化してきた21世紀のいま、なかなか「すべての人のためのもの」をつくるのは難しくなってきて、そうなると、そこの機能的、心象的不足を埋めるために、道具以外の部分を、マーケティングによって差別化していこうみたいな考え方が増えていくようになりました。その結果生まれるのが「ピンク色のノート PC 」だったりするわけですが、それはもはや、自分たちが欲しいものとはほど遠いものだったりするわけです。

大量生産があってマーケティングがあって、進化と最適化という意味では、良い時代に向かって進んでいるはずのなのに、なぜか、自分たちが欲しいものはなくなって、結局欲しいものをつくっているのはアップルや無印良品、という状況がいまなのかなと。日本にも世界にもこんなにたくさんのメーカーがあるのに、自分たちの身近では、選択肢がほぼ限られているのは異常な事態だとも思います。それくらい、マーケティングによる差別化競争みたいなところに、ものの歴史が日々呑み込まれているんじゃないかと思っているんです。

そういったプロダクトが抱えている問題を解決できるひとつの方法として、3D プリンターの存在は大きいのではないでしょうか。つまり、道具は本来カスタマイズすることを前提として生まれてきたけれど、いつしかそれは失われてしまった。でもまた、そこに戻るチャンスが訪れているのです。

道具のオーダーメイド、テーラーメイドが可能になってきましたが、機能面だけではなく、装飾面でも、自分に最適化されたものを個人が自由に所有できる時代を、3D プリンターはつくり出そうとしているんです。

今回、はじめて液晶ペンタブレット Cintiq に触れた鈴木。「Cintiq があれば、例えば手描きのラインをパス化して、それを3D データにして、普通に金型もつくれる…わけですよね。それってすごく画期的!」

3D プリンターの問題点とは?

ただ一方で、現状の 3D プリンターでは、まだハードルが高いと思っています。大量生産・大量消費はネガティヴに思われることもありますが、100円でハサミが買えるって、考えてみると異常なことですからね。現在の 3D プリンターでは、価格的にまだそこまでは到達できませんし、強度も成型品に比べればもろい。ひとつつくるのに、時間もかかります。3D プリンターがあまねく使用されていく状況は、まだま醸成されているとは言えません。

現在、メイカーズムーヴメントから始まって、そのシーンで起きていることの中心にいるのは、おそらくサイエンスの人たちではないでしょうか。IT の人たちの考えている 3D プリンターの未来は、0 から 1 をつくることだと思うのですが、プロダクトの側から見ると、伝統工芸でも小さな町工場でも地場産業でも、既存の製造業の枠組みの中で既に 1 をもっているところが 3D プリンターを活用して 1 から 1.5 をつくれるようになってくることに、いまは可能性を感じています。「ムーヴメント」と「製造の現場」が繋がることで生まれるこの「0.5」が、カスタマイズということかもしれませんし、そこに 3D プリンターの可能性があるのではないかと思っています。

要は何を言いたいのかというと、「新しいテクノロジーが来たので、何か新しいことをしなければ!」というマインドになり過ぎていないだろうか、ということなんです。3D プリンターは道具なので、極端なことを言うと、のこぎりと変わらないはずなんです。「木を切れるものが初めて生まれました!じゃあ、みんな何をつくろうか?」ということなので、大切なのはのこぎりを使って創造することなのに、いま3Dプリンターで起きていることは、それとは発想のレイヤーが異なっていると思うんです。

「のこぎりを使ってこんなものがつくれるようになった。じゃあ、次はこんなのこぎりが欲しいよね」ということになっていくと、道具としてキチンと進化していくことにもなると思うんです。

3D プリンターが、本当に意味のあるものをつくり出す装置になるためには、新しいことを目指すのではなくて、リプレイスして新しくする、という視点が大事ではないでしょうか。道具やリソースの活用こそ、いまの時代の最大の創造のように思います。

例えば最近、茶碗をつくろうとしているのですが、いままでだと、木を固まりから削りだして挽いていったり、一度石膏や土をこねてそれを原型にしていたわけですが、その部分を 3D プリンターが担うということが始まっています。

デザインをつくる行程では、デザイナーと工場や職人さんとの意思疎通がいちばん大事で、そこに最も時間と体力を使うし、それがプロダクトデザインの楽しみでもあるわけですが、そういうものを一気にすっ飛ばし、いきなり原型をつくれるというのは、すごく地味ですがとても新しいことなんです。要するに、より自分の気持ちとか意志を、より正確にカタチで表現することができるのかなと。

ただ、いまはまだ、コンマ 1 の精度を 3D プリンターで安定して出せるわけではないので、最終製品をつくるのは難しい部分はあります。完璧なデータをつくっても、機械のコンディションによってコンマ 1 大きくなってしまったということがまだまだ起こり得る状態ですから。そのコンマ 1 がぶれてしまうことで、製品にならない、サーヴィスにならない、ある機能を満たさない、ということがプロダクトの世界には往々にしてあることで(まさにアップルがその代表だと思います)、そこの精度がもっともっと上がって行くことをぼくとしては心待ちにしています。

Cintiqであれば、レンダリングしたデータをレタッチする際にも直感的な作業を行うことができる。「マウスからは生まれ得ない、手描きの有機的なタッチがそのままデザインに生かせる気がします」

手描きから始まる 3D

実際にデザインのプロセスを進めるにあたり、ぼくは 3D のデータをガンガン使うタイプなのですが、基本は、いまも手描きから始めています。ただ、「できるだけ絵を描かない」ようにしているんです。

プロダクトって、機能面と装飾面があると思っていて、絵を描くというのは、ある意味装飾の整理だと思っているんです。逆に言うと機能というのは、絵に描いてもまとまらないことが多々あるんです。

例えばフライパンをつくろうと思ったときに、フライパンに起きることのすべては、アタマの中で考えないと確実に取りこぼしてしまいます。ところが一度絵を描いてしまうと「できた」と思ってしまい、自分のなかで完結してしまうんです。もちろん、ぼくのクセかもしれませんが。

なのでデザインをはじめるときは、極力最後まで絵を描かずに、「こういう感じで、こういう機能があって、こういう問題があって…」ということをアタマの中ですべて解決してから、絵を描きはじめるんです。「できるだけ絵を描かない」というのはそういうことです。

そのときにはカタチはほぼ決まっているので、サーッと描いて、少し装飾的なディティールを整理したあと、手で模型をつくり、その模型をスキャニングして、そのスキャニングデータを基に3Dデータをつくる、というのがぼくの普段の作業フローです。工芸品でもモビリティでも、同じことをやっています。

この一連のフローのうち、模型の部分を3Dプリンターに置き換えるということはあり得ますし、そもそも最初のスケッチを、紙ではなく液晶ペンタブレットの「Cintiq」に置き換える、ということに挑戦してみるのも面白いなと、最近思い始めているんです。

現在 3D データは、わりと直感的に使える CAD ソフトと言われている「Rhinoceros」(ライノセラス)を使用しています。3DCAD というのは、要は寸法定義なのですが、定義を工夫することで自由に面が張れる、いう感覚をもたらしてくれるソフトです。ただ、感情機なものを再現するのには限界があった。

3D データをつくった後には必ずレンダリングをするのですが、そこにレタッチを加えるのに Cintiq は向いているし、いまは全部保管している A4 の紙が、全部データになるわけなので、随分便利になるかなと。遠く離れたクライアントに、データを送るのも簡単になりますし。あと、手描きってやっぱり最高のツールだと思うんです。マウスでカチカチしてなにかものをつくるというのは、正直とても時間がかかるので、初動が失われてしまう。思うままに描けるというのは、クリエイティヴ作業において何よりではないでしょうか。

いまふと思ったのですが、プロダクトデザインの世界って、全部最後は清書で終わるんです。図面という文化があるからだと思うのですが、どんなスケッチを手で描いても、最後は清書しなければいけない、数値化していかなければいけないんです。

それが面白いところでもあるのですが、Cintiq があると、例えば「Illustrator」で描いたラインはそのままパスになるので、それを 3D データにして、普通に金型もつくれる…というのは確かに新しいですね。そういう風に考えたこと自体が、いままでなかったです。これまでは、スケッチを描いたら、Illustrator でトレースして CAD にインポートをしていたので。

それと比べると、スピード感も確実に変わってきますよね。Cintiq を使って、例えばガラス製品をやってみたいです。そもそも有機的なものを、最初から最後まで手描きの線、つまりは有機的な線を生かしてつくるというのはとても理に適っているし、面白そうです。

CAD 上で Cintiq を使って描いた線がそのまま 3D 形式のデータになるので、それを造形して出せば、ぼくがやりたい線のニュアンスを、例えば海外のクライアントとも即座に共有できるわけですよね。それって、プロダクトデザインの世界においては、結構すごい改革だと思います!