「インフラ、燃料電池のコスト、耐久性、エネルギー効率などを考えても、燃料電池はいまだ開発途上の技術と言わざるを得ない」と指摘する舘内氏

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水素を燃料に電気を生み出し、排出されるのは「水」だけ、という燃料電池車。12月15日にトヨタが「MIRAI(ミライ)」を発売し、2015年中にはホンダも参入するという。

各メディアは盛んに“究極のエコカー”と報じるが、その未来にあえて疑問を投げかけるのが、本書だ。『トヨタの危機』著者の舘内 端(たけうち・ただし)氏に聞いた。

―タイトルが強烈ですね。

舘内 このタイトルは少し戦略的につけた部分があるのですが、僕がこの本で書きたかったのは自動車文明の危機、もう少し狭い意味でいうと「次世代車」をめぐる競争における「日本メーカーの危機」なんですね。

―しかし、トヨタはグループ全体での世界販売台数が1千万台を超えるなど絶好調です。また、いわゆる「エコカー」に関しても国内販売の約半数をハイブリッド車(HV)が占めるなど、次世代車では世界をリードしています。とても「危機」には見えませんが…?

舘内 僕が「危機」だと考える理由はふたつあります。ひとつはヨーロッパを中心とした自動車メーカーの「目覚め」です。 ヨーロッパでは地球温暖化を招くCO2の排出規制に関する意識が高く、この問題に市民、企業、政府が一体となって取り組む「炭素民主主義」といわれる土壌が育ちつつある。そうしたなかでヨーロッパの自動車メーカーは規制のルールづくりにも主体的に参加しながら、それに対応する形で着々と次世代車の準備を進めています。

もうひとつは、すでにアメリカとヨーロッパで導入が決まっている新たな規制への対応です。2018年からアメリカ・カリフォルニア州で導入される新しいZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)規制では、州内での年間販売台数4500台以上のメーカーに対し、排ガスゼロの自動車、つまり電気自動車か燃料電池車を一定数販売することを義務づけています。また、これまで暫定的に認められていたHVは新規定では認められないのです。

一方、EUが行なっている自動車メーカーごとの二酸化炭素排出量規制も今後、段階的に強化されることになっており、2025年には1km当たりの排出量が70gに規制されますから、トヨタもHVだけでの対応が難しくなってくるはずです。

―だからこそ、トヨタやホンダは“究極のエコカー”と呼ばれる燃料電池車を世界に先駆けて市場に投入し、将来の規制に対応するだけでなく、この技術で再び世界をリードしようと考えているのでは?

舘内 問題はそこです。トヨタもホンダもHVの次は燃料電池車という方針で、これまで次世代車の開発を行なってきた。しかし、燃料電池車が多くのメディアが言うように“究極のエコカー”なのかというと、現実はそうでもない。むしろ、実に多くの問題を抱えた、非常に危険な「賭け」だというのが僕の考えです。

―燃料電池車といえば、環境に優しい次世代車の本命というイメージが一般的ですが?

舘内 まず問題なのが、燃料となる水素です。水素は石油のように掘れば出てくると思っている人も多いのですが、地球上の水素はたいてい水(H2O)のようにほかの元素と結合した化合物として存在しています。そのため、そこから「水素」を取り出すためにはエネルギーを必要とします。その過程でCO2を排出することもある。

また、こうした水素の生産には巨大な施設が必要で、インフラとして十分な数の「水素ステーション」を建設するには莫大なコストが必要となります。当然、政府レベルで取り組まざるを得ないし、その社会的コストを誰が負担するのか? 当然、水素の価格に転嫁されることになるでしょう。

水素ステーションの建設費は、その場で水素を生産する「オンサイト型」で1軒5億円、ほかの工場で水素を生産する「オフサイト型」で1軒1億5000万円程度です。いずれも土地代金は含みません。

2020年には日本全国のガソリンスタンドの数が、現在の約3万5000軒から約2万5000軒に減るといわれています。仮に、これと同じ数の水素ステーションをオンサイト型で建設したとすると、費用の総額は約12兆5000億円にも上ります。一方のオフサイト型ですべて建設したとしても約3兆7500億円もかかります。

オフサイト型の場合は別に巨大な水素工場の建設が必要になりますから、その費用もかかりますし、重い高圧水素ボンベの輸送にもエネルギー消費と費用が発生します。

―燃料電池車の「エコカー」としての実力は現時点でどうなのでしょう?

舘内 JHFC(経済産業省の水素・燃料電池実証プロジェクト)がまとめた報告書を元に計算すると、1km走行当たりに排出する二酸化炭素は、電気自動車(EV)の52・5gに対して、燃料電池車は現状で144gから225gとガソリン車よりも多く、将来の進歩を勘案してもEVのほうがはるかに高効率です。

このように水素社会の実現に必要なインフラの規模や、高額な燃料電池のコストや耐久性、エネルギー効率などを考えても燃料電池はいまだ開発途上の技術だと言わざるを得ない。

地球温暖化対策など環境問題への対応が重要度を増すなか、次世代車の開発方針がメーカーの将来を大きく左右しますが、ヨーロッパの自動車メーカーはクリーンディーゼル、小排気量+過給機のダウンサイジング・ターボ、HV、プラグイン・ハイブリッド(PHV)、EVなど多様な次世代車の組み合わせで、来るべき新規制への対応を着々と進めています。

それに対して、トヨタやホンダは「HVから燃料電池車へ」という従来の方針に固執し、それ以外の技術、PHVやEVへの対応が遅れている。

多くの課題を抱える燃料電池車に企業の未来をかけることの危険性を、私は「ガラパゴス化」の危機と感じ、心から心配しているのです。

(構成/川喜田 研 写真/有高唯之)

●舘内 端(たけうち・ただし)

1947年生まれ、群馬県出身。日本大学理工学部卒。東京大学宇宙航空研究所勤務後、レーシングカーの設計に携わる。エンジニアの傍ら自動車評論を始め、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員をただひとり第1回(80年)から現在まで務める。94年に日本EVクラブを設立し、現在も代表を務める。電気自動車1充電航続距離世界記録保持者。著書に『ついにやってきた!電気自動車時代』(学研新書)、『エコカー激突!次世代エコカー開発競争の真実』(技術評論社)など

■『トヨタの危機』

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地球温暖化など環境意識の高まりから、今後、アメリカ・カリフォルニア州やヨーロッパで強まるクルマへの環境規制。そうしたなか、トヨタは走行中にCO2を排出しない燃料電池車を発売し、ホンダも2015年には投入予定だ。しかし、燃料電池車には電気自動車と比べて越えなければならない高い壁がいくつもある。自動車社会の未来を憂う著者が、“究極のエコカー”と呼ばれる燃料電池車の真実を明かす