箱根には、かつて“山の神”と呼ばれた男が2人いた。順天堂大の今井正人と東洋大の柏原竜二だ。今井は3度登り、柏原にいたっては1年時から4年連続で往路のゴールテープを切った。高校時代は無名に近い柏原をスカウトし、成長を見続けてきた東洋大の佐藤尚コーチは言う。

「06年に5区の距離が2.5キロ延長されてからは、山登りの適性とスピードを兼ね備えていないと厳しいと言われますが、もう一つ大切なのは体幹の強さ。13年のように山で強風が吹くと足元から風を受け、体が浮き上がり気味になり、フォームを乱す」

 そう説明すると、こんな秘話を明かしてくれた。

「実は前回、細身の設楽啓で行くことを決めたのは、当日の朝でした。前夜から箱根の芦ノ湖付近に部員を派遣し、早朝の天候状況を細かく報告させてから決めたものでした」

 なんと、自然条件を偵察する「箱根007」まで極秘配備されていたのである。13年大会で、東洋大は柏原の抜けた5区にひょろっとした体形の定方俊樹(当時3年)を抜擢するも、失速して区間10位。この苦い体験を教訓にして細心の注意を払っていたのだという。

 この年は東洋大だけでなく、各校が強い向かい風に苦しめられ、28年連続でシードを守ってきた名門の中央大、10年連続出場だった城西大が途中棄権。原因はともに、20メートル近い強風を受け続けたことによる低体温症と脱水症状だった。スポーツライターが振り返る。

「当時の選手の体感は、零下17度という過酷なものと推察された。崩れるように倒れ込み、芦ノ湖の医療テントに運ばれました。1人は軽度で30分ほどで回復するも、もう1人は中度で痛覚反射がなく昏睡状態だったため、小田原の病院へ緊急搬送。医療関係者が『大事に至らずに幸いだった』と話すほどの事態でした。昨今、異常気象が続くだけに、今回も同じような状況になる可能性があります」

 そんな過酷な環境で注目されるアイテムが「和紙」。スポーツライターが続ける。

「多くのクライマーが強風に苦しむ中、逆転劇を演じた日体大の服部翔大は、翌14年大会で和紙とシルクの混合素材の靴下を着用。シューズと靴下の摩擦を軽減し、強度は綿の3倍以上という優れものです。服部は『足にフィットして、普通の靴下と滑り方が違う。通気性がいいから蒸れないし、マメもできなくなった』と効果を実感していました。濡れても不快感がなく、雨の日にも適しているようで、今後はレッグウオーマーなどの防寒着衣としても注目を集めそう」

 今大会でも紙の靴下を着用する学校があるという。柏原のような圧倒的な「山の神」は不在ゆえ、代わりに「“紙”頼み」といったところである。