チームラボ猪子氏と アンドロイド研究の石黒氏、2人の異能が科学とアート、人の未来を語る

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2015年3月1日まで、日本科学未来館では企画展「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」が開催しています。これに際し12月23日、チームラボ代表 猪子寿之氏とロボット工学の第一人者 石黒浩氏がスペシャルトークを行いました。

常識に囚われない発想を持つ2人の対談は「子どもの頃に夢なんて持たなくてもいい」「家族という概念が人類を悲惨にした」と刺激的な発言も飛び出すユニークなものでした。その模様をお伝えします。

異能の原点--子どもの頃に夢なんて持たなくていい


クリスマス直前の祝日ということもあり、会場には家族連れやカップルの姿も。そんな中、司会を務めた日本科学未来館の内田まほろ氏かの「科学者・クリエイターを志したきっかけや夢は?」という問いに、石黒氏は「そんなものはない」と返答しました。

石黒:子どものころ「人の気持ちを分かるようになりなさい」と言われた。それを聞いて「大人になったら人の気持ちが分かるようになるんだ、すごい」と思った。でも年をとっても全然分かるようにならない。

猪子:(笑)僕もなかった。○○になりたいって夢を聞くと『一生それをやってるの?』とか思っていた。

石黒:夢は未来を狭くする。嫌なことをやっているうちに、好きになったりもする。やりたいという気持ちが先か、とにかくやる方が先かという問題。

猪子:狭くする、というのは本当にその通り。30年後に存在するなんて想像できない職業だってある。ネット書店の登場なんて想像できないのに『本屋さんになりたい』って夢の意味ってあるんだろうか。

石黒:「人の気持ち」もそうだけれど、解かれていない問題は世の中にたくさんある。そういうものに疑問を感じて、それを解くことを目指すべきだと思う。

石黒:「人の気持ち」もそうだけど解かれていない問題は沢山ある。そういうものを解くということを目指しておくべきだと思う。例えば「悩む」「怒る」といった気持ちになる、ということは一体どういうことなのか?みな明確な答えを知らないし、納得していないけれど、分かった気になっている。でも猪子さんは「わかんない」のままなんだと思う。

内田:いつ、どんなきっかけで進路を決めたのか?

石黒:自分の進路や研究テーマに悩んだ挙げ句死ぬような目に3回くらいあった。そこから「死ぬ気で頑張れ」といわれたらどんな状態になったらいいか分かった。そうやって頑張っていると、それまでわからなかったものがつながっていく。

猪子:え? ちゃんと聞いてなかった。なんでつながったの?(会場笑)

石黒:強いプレッシャーがあったから。他に生きようがないんだから。いろんなものがつながりだして、テーマに困らなくなり、そこからは楽になった。

猪子:僕はそんな経験はしてない(笑)。でも、一杯ポイントがあった。中二の時「日本を再生しろ」って電波が降りてきた。まさに中二病だよね(笑)。でも、中2はエヴァにも乗れるわけだからね。僕は非科学的なことが怖かった。科学少年だったから。

--そんな思いを抱え、東大卒業後にすぐチームラボを起業した猪子氏は、ロボットを作りたいと模索しているうちに石黒氏と出会いました。

猪子:最初見せてもらった、テレノイドは正直気持ち悪いって思った。石黒さんは目上の人だから言えなかったけど。「携帯はこうなる」って言われて、なるわけねーじゃんって(笑)。でも実際に体感してみると、なるほど、と。石黒さんは直感で論理を飛躍する。僕なんかがそれを体感しても、その感情の動きを言語化できない。だから石黒さんは「半端ねー」って。

石黒:まじか。あのときわかってなかったんだ(笑)。でもあの感覚はロボットとか、アンドロイドをいじり倒していないと分からないと思う。テレノイドは夢に出てきた。理屈じゃなくて、いろんな経験が積み重なってリンクした先に生まれたもの。

猪子:あとからわかる・つながっていくんだよね。

石黒:頭が良ければ理屈で積み上げることは誰でもできちゃう。パターンマッチングしているようなもの。共通性があるが、裏返すとくっつくか?――あいまいなところの関連性でつながっていく。

ビジネスか、アートか。


これまで様々な作品を手がけてきた猪子氏とチームラボ。今回の企画展はそれらが一同に介した貴重な場でした。それらの展示を見た石黒氏は、猪子氏にストレートな疑問をぶつけます。

石黒:ホントに面白がってる? ビジネスとバランス取れたところでやろうとしていない? もっと極端にいけるんじゃないの?

猪子:とっていますよ(笑) 当たり前じゃないですか! ビジネスなんだから。

石黒:つまり人を見てるんだよね。僕は人を置いてけぼりにしていく。寂しがりやなんだね。

猪子:僕は寂しがり屋です(笑)。

石黒:僕も寂しがりだけど、ちょっとタイプが違うかも。

アートの先に科学、技術があり、多くのイノベーションがそうであったように、ほとんど誰からも理解されないところに、本質があるのではないか、というのが石黒氏の視点。

石黒:会社だから、長い目で見て必要なプロセスを重視するという場面もあるんだと思う。だけど、研究は結果重視。でも、もっと芸術的にやれるんじゃないの?

猪子:自分が興味のある方向に人類を導いて、はじめて意味があると思っている。自己満足では意味がない。

石黒:サイエンスとか技術は10%くらいの人しか理解していない。でもそれでいい。残りはフォロワー。そう考えると、科学技術政策に対してパブリックコメントを求めたりするのは、果たしてどうなのか?

--司会の内田氏から「会社だからですよね」と助け船を出され、「それはありますね」と応じた猪子氏だが、石黒氏はさらに畳みかける。

石黒:サイエンスの先にアートがある。そして社会は権威や極端な話、噂だけでも納得させることができる。例えばピカソのキュービズムを本当に理解している人は果たしてどれくらいいるだろうか?でも、理解されなくても、その価値は高まっていく。理解されなくても権威付けによって、価値を高めることも可能だったりするよね。

--作品を見た人の理解に拘る(ように見える)猪子氏に対して、さらに突き抜けた作品を作って欲しいとする石黒氏。たとえその本質が理解されなくても、権威や評判によって、その価値を高めることは可能だし、それは企業としてのチームラボにも資することになる、という訳です。

宗教に接近する科学


何の制約もなかったら、莫大な資金があったら何がしたい? という司会の内田氏の問いかけに、科学に軸足を置きながらも2人は「主観」を重視した理想を語りました。本質を探究する先には宗教のような世界が拡がっているのかもしれません。

猪子:ディズニーランドのような――街そのものを作りたいかな。

石黒:僕も国を作りたいけど、たぶん僕がやるとロクなことにならないな(笑)。5年後を目処に意図と欲求を理解できる対話能力のあるロボットを作る。一問一答の壊れた対話からその先へ進む。

もっと先は、いわば宗教団体。中途半端なモラルとかに縛られるのではなく、科学を信じる人間によるコミュニティ作りをしたい。教授という「お仕事」ではなく、科学者としての使命を追求する、客観だけを重視した世界ではなく、主観も重視した世界。客観的な法則を集めるだけではなく主観、直感も重視する。そうなるとそれは宗教っぽくなる。

でも、絶対的な客観がなく主観の集合で社会は成り立っている、その原理を見いだし説明ができるようにしたい。

猪子:主観的なとされているところはこれまで文化的な領域で、客観的な部分は科学・サイエンスのアプローチが採られてきた。しかし主観的だとされて分断されていた領域でも、「抽象的な再現性」があるものを発見できるのではないか――それは、もはやサイエンスとは呼べないかも知れないけれど。「超主観空間」はそういう領域を見せたいと思った展示。

石黒:心とか感情を説明できるか。僕たちは実は自分の心すら分かっていないのだと思う。

猪子:一人一人が違う、っていうけど、実はそんなに変わらないはず。既存のサイエンス的なアプローチの延長線上ではないところに答えが。

内田:それはシンギュラリティ(技術的特異点)がそう?

猪子:それはサイエンスの延長かな。サイエンスが無意味だとは思っていないけれど。

石黒:やりたいと言ってはいるけど、結局僕も既存の延長をやりつつ藻掻いている。

未来の人間、社会とは?


ここで会場最前列に、石黒氏が開発した「ハグビー」が配られました。マイクとスピーカー、そして通信機が内蔵されたハグビーを抱きかかると、石黒氏・猪子氏が抱きかかえるそれから発せられる音声が、耳元から聞こえる。本トークイベントのテーマである「未来の人間」と社会について石黒・猪子両氏が語り合いました。

石黒:お互いに抱き合って喋っている感覚が生まれてくるでしょう。これを使って会話をしたあとでは、お互いの関係が少し親密なものに思えるはずです。

僕はもうちょっと人間は哲学的になると考えている。今まで考えてこなかった問題を考える余裕が生まれてくると。ロボットは人間を映し出す鏡であり、技術は身体の延長。つまり、技術によって人間の定義が変わってくる。

技術によって生活は楽になり、今回の展示のようにロボットや芸術を見て、自分自身に問いかける時間が生まれる。それが僕が理想とする未来。技術をどんどん取り入れることで、人間の定義を変えていく。肉体的な制約が取り払われていく。

そもそも、どうして人間にはこんなに大きな脳があるのか、ということ。自らがどういう存在なのか、それを考えることくらいしか、「人間でなければできないこと」はないのかも知れない。自らを客観視する機能がもし必要なかったら、脳は小さくなる方向に進化したのかも知れないのだから。

猪子:縄文時代の人間の方が、脳の機能が高かったという節もある。農業革命が起る前の方が、複雑な情報処理と身体を結びつけるという作業に対して、脳は個体として賢かったのではないか?

石黒:生きていくため、生活のため、という目的であればそうかも知れない。でも、客観視や抽象化には優れていなかったのではないか?単に生存のためならば効率が悪いと言えるくらい脳は大きい。それが良い事なのか悪いことなのかは分からないけれど、(今回の展示のような)アートはこれからも増えていくと思う。

猪子:たしかにここ2-30年という短いタームで見ても、アートに対する関心は増えている。デジタル化など社会の進化が進んで行くことで、あまり創造的ではない仕事は、ロボットや人工知能が代行していき、普通の仕事が創造的なものになっていっていく。社会のいろいろな場所で創造的な活動が行われ、新しい発見が次々と生まれていく社会になってほしい。そっちの方がより人間らしいし、楽しいはず。

更に言えば、情報化が進む中で物質からの解放が進む。この10年で「所有」という概念は大きく変わった。写真も自分の手元にないと所有感がなかったが、今はネットワーク上にあれば所有感がある。音楽もそう。やや飛躍するけれど、これが進むことによって人類は人々を苦しめ、時に戦争の原因になってきた「有限」という概念からも解放される。

石黒:それはつまり貨幣経済が弱くなることだと思っている。少なくとも貨幣経済を前提としては世の中が動かなくなってきている。有限が前提だからこそ、物質と貨幣を交換が可能だった。歴史のある時期ではその方が効率が良かったが、またそれ以前の状態に戻ろうとしているのかも知れない。

いずれにせよ、ゴールが社会にあることは間違い無い。社会が分からないと人間が分からない。だからそれが分かるようなデバイスをこれからも作ろうと思う。

なお会場では、日本科学未来館館長の毛利衛氏も石黒・猪子氏のトークに耳を傾けていました。アート・サイエンス・テクノロジー、そして人間と社会といった広範なテーマに及んだイベントの最後に、毛利氏から投げかけられた質問は「2人にとっての家族とは何か?」というものだった。

石黒:家族とはやはり社会の一部ですね。

猪子:家族という概念で人類は悲惨になっている。(会場から小さなどよめき)血のつながりのみを家族とした。近代以前は家族という概念、言葉すらなかったのでは? 少なくとも血統にしばることによって人々は不幸になった。

石黒:逆にいうとみんながつながっていることが大事だということだよね。このままだと収拾付かなくなるので僕がまとめた(笑)。