【アギーレジャパンとの遭遇〜世界へ挑む男たち・鈴木大輔(前編)】

 ブラジルワールドカップ後に日本代表監督に就任したハビエル・アギーレは、多くの選手を招集している。中でもセンターバックの選考に関しては物議を醸(かも)し、苦心しているという印象が否めない。当面、W杯メンバーの吉田麻也、森重真人は当確だとしても、他に招集を受けた坂井達弥、水本裕貴、塩谷司、昌子源らは、信頼を勝ち取ったとまでは言えないだろう。

 2014年10月のブラジル戦でプレイした鈴木大輔(24)は、そのサバイバルに勇躍して挑むことになる。その心中とは――。

 鈴木はJリーグ、柏レイソルのセンターバックとして守りの一翼を担っている。

 2010年に広州アジア大会でU−21日本代表として優勝に貢献。2011年には当時所属していたアルビレックス新潟で定位置を確保し、2012年にはロンドン五輪の日本五輪代表に選出され、吉田麻也とセンターバックを組んで準決勝へ進出した。

 2013年に柏へ移籍し、7月の東アジア選手権のオーストラリア戦で代表デビュー。同年に「AFCチャンピオンズリーグ・ドリームチーム」の一人に選出された。アジアサッカーのベスト11に相当する賞で、柏のACLベスト4進出の原動力となったタフな守備は輝きを放った。

 そしてアギーレ監督率いる日本代表に選出され、ブラジル戦に出場している。

 わかりやすいセールスポイントとしては、"敵アタッカーを確実に潰す"、堂々たる体躯を生かしたハードなディフェンスがある。技術的にはヘディングが強く、タックルは深く迷いがなく、アジリティーは長所ではないが、ターンは弱点ではない。また、3バックにも4バックにも対応する適応力がある。

 しかし鈴木の異能は、90分間にわたって維持できる集中力と責任感にあるだろう。試合を通じてインテンシティが落ちないことで、後方から前方へと熱気を伝えられる。鋭気に満ちた表情や仲間への叱咤は、チームに前進する力を与える。それは守備であって、攻撃である側面もある。

「大輔はミスしてもへこたれないのがいい」

 そう語ったのは、柏の主将を務める大谷秀和だ。

「ディフェンダーは失点を防ぐのが仕事ですけど、試合の中でミスが失点になることはあるんです。そこでくよくよしてばかりいると、弱気になってしまい、また同じような失敗をする。大輔は少々のことは気にしない。その"明るさ"はセンターバックとして成長する要素だと思います。改善すべき点は、例えばサポートの距離だったり、プレスのかからないボールの運び方だったり、いくつもありますよ。でも、大輔はポジティブな思考を持っているから成長できるはずです」

 普段の鈴木は"後先考えずに行動する"というタイプではない。話しぶりは穏やかだし、一つ一つの言葉をとても慎重に使う。温厚篤実。徒党を組むことはなく、誰とでもまんべんなく付き合える男だろう。

 しかし、ピッチに立ったときの鈴木はぎりぎりの感覚を求める。守る、という行動は、基本的に受け身にならざるを得ず、精神的摩耗が激しいのだが、鈴木は敵との対峙を心ゆくまで楽しむ。

「おまえをぶっつぶしてやる」という裂帛(れっぱく)の気合いで、間合いを研ぎ澄ませる。

<俺は気持ちでやるしかない>

 原点的な信念が、彼の腹の底にはあるのだ。

 石川県金沢市で少年期を過ごしている鈴木は、今も忘れられない悔しさがあるという。14歳の時、石川県の中2選抜チームに選ばれた。意気揚々と参加したにもかかわらず、大阪での大会遠征、彼は"4番手のセンターバック"という扱いで出番がなかった。

<自分の出られないチームが全国ではボロ負けしてんのに。これでプロを目指すって、あり得ないっしょ>

 彼は突きつけられた自分の立場に身を焦がした。その日から以前に増して練習に取り組むようになった。悔しさを燃料にした。すると中3になったとき、地域選抜だけでなくナショナルトレセンに呼ばれた。早生まれだったことも幸いし、城福浩監督が率いるU−15代表に選出されることになった。

「アカデミーやユース育ちの選手はやっぱりうまいから、実はそこでやっているときはコンプレックスでしたよ。技術的な不足は気持ちで補うしかないと心に決めていました。ただ、自分は石川という土地で育って、いろんな意味で"色が付いていない"とは思っているんです。それはそれで良かったのかもしれませんね。なぜなら、"このサッカーじゃないとダメ"なんていう変なプライドはないですから。何でもチャレンジしてやるって」

 鈴木のサッカー人生はプロ入り後も順風満帆だったわけではない。アルビレックス入団後、3シーズンで公式戦出場は天皇杯1試合のみだった。

 救いは、心を許しあえる入団同期選手がいたことだったかもしれない。愛媛の高校出身のFW川又堅碁(現名古屋グランパス)とは、馬が合った。性格もポジションもまるで違うことが、むしろ絆を深めたのかもしれない。二人でいつか定位置を奪う日を期して、切磋琢磨する仲になった。主力組との紅白戦を前に、「俺が3点ぶち込んでやるから、おまえはFWをぶっ潰してくれ」と約束し合うこともあった。

 野望多き研鑽の日々は、プロサッカー選手としての鈴木大輔をゆっくりと形成していった。

「センターバックとは何か? 自分はまだそれを語れるレベルには達していないと思います。今の自分は足りないところだらけですから」

 鈴木の口調は淡々としているが、語気に熱がこもる。

「俺の強みはやっぱりメンタルだと思っています。それだけかもしれませんけど......自分よりうまいな、と思う選手なんてこれまでもたくさんいたんです。今でも若い選手がJリーグデビュー戦でそつなくやっているのを見ていると、"すげーなー"って感心しますよ。自分なんかデビュー戦はボロクソにやられましたからね。こんちくしょう、っていう気持ちにさせられて、そこからまた出直し。その繰り返しでした。でも、俺はそんな自分の可能性を信じているというか。まだまだこんなもんじゃないって」

 自分を信じられるか。

 それはスポーツメンタルにおいて最も重要な要素の一つと言われる。失敗に動じない。ひいては成功にも甘んじない。"己への信仰"は、ときに信じられない力を生み出す。

 鈴木は同じ星稜高校出身の本田圭佑と話したときも、メンタルの大切さを感じたという。中学時代、石川代表として全国で戦う本田の姿は眩しかった。星稜進学を決心したのは、本田と同じように"全国で戦う"という野望のためだった。

「自分を信じ切る、というんですかね。代表合宿で(本田)圭佑君と話したときにも感じたんですが、メンタリティは大事なんだなって。圭佑君は100%以上、自分を信じていますからね。圭佑君も決して天才的にうまかったわけではない。名古屋(グランパス)時代は左サイドバックのようなことをやっていた時期もあったわけですが、目標は常に高かった。どんなときも満足せず、ポジティブに物事を捉えて突き進んできた。自分も、その緊張感を失わずにいたいと思っています」

 定位置をつかんでいたアルビレックス新潟を離れ、実力者の多い柏に飛び込んできたのも、緊張感を失いたくないというのが大きな理由だった。保証のない場所に自分を置いて競う。その凌ぎ合いの中で、殻を破ることを彼は求めた。剣豪が強い敵との立ち合いで死線をくぐり抜けるように。生き延びることができれば、階段を上がれると信じ、一心に戦いを続けてきた。

 いつしか柏で先発メンバーに定着し、代表にも招集されるようになった。

「自分は"石川でサッカー選手として育ててもらった"と思っているんです」と鈴木は優しい顔で語る。

「それで、一度指導者の人たちに向けて、感謝の気持ちのビデオレターを送ったんですよ。それを見た指導者の方々が、涙を流してくれたらしいんです。『全国と比べたら恥ずかしい指導レベルなのに、よく育ってくれた』って......。トヨ君(豊田陽平、星稜出身)や圭佑君もそうですが、自分がこれから活躍することで、石川から世界と戦える選手になれることを証明したいですね」

 サッカー界では辺境と言える土地で、男は逞しく育った。

 しかしそれは珍しいことではない。良質のワインは痩せた土地でこそ育つという。土壌の養分が少ないため、ぶどうの木が栄養を求め、地中深くまで根を張り巡らす。その木は雨水を吸いすぎず、ミネラル分を多く含んだ地下水を吸収することで、芳醇な実をつけるのだ。
(つづく)

小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki