八百長疑惑。もしクロ判定ならアギーレは解任。これは当然。分かりやすい話だ。しかし、話はそれで終わりそうもないところが、この問題を語る上で重要な点だ。サッカー協会内部に激震が走ることは必至。アギーレを招聘した人物の責任問題に発展することは間違いない。

 大仁会長、原専務理事、霜田技術委員長。立場が怪しくなるのはこの3人だ。中でも、アギーレ招聘に当事者として深く関わった原専務理事は、協会にいられなくなる可能性が高い。

 ザッケローニの招聘にも中心的な立場で関わった人物。ブラジルW杯で惨敗に終わった責任もある。だが、その不成績に対して頭を下げたわけではない。こちらのインタビューに対しても終始、強気の答弁を繰り返した。弁明、釈明に熱心な様子とは言い難かった。

「方向性は間違っていなかった」とは、その口から何度となく出た台詞だが、それは、少々大雑把で乱暴な総括と言えた。

 方向性とは攻撃的サッカーを指すので、攻撃的サッカーはできていたとなるが、とてもそのように見えなかった。攻撃的サッカーができずに敗れたというこちらの見立てと、大きく異なる分析だった。

 攻撃的サッカーを満たす条件は様々あるが、ボールを奪うという行為はその重要な要素のひとつになる。格下のチームの場合は特にそれが言える。攻撃的サッカーを実戦する上での生命線になる。ザックジャパンはそれができなかった。追求が甘すぎた。

 方向性は間違っていなかった。とはいえ、肝心なポイントを外してしまうと、方向性は違ったものになる。

 原専務理事もその辺りのことは分かっていたと思う。だが、方向性を間違ってしまったと言えば、自身の責任は重くなる。それではなぜ、途中で解任しなかったのかと、追及を受けることになる。「方向性は間違っていなかった」という発言には、そこら辺りの背景まで見え隠れした。保身に走った。僕にはそう見えた。

 原専務理事はそれまで、そうしたタイプとはほど遠い、清廉な人物で通っていた。政治家然としていないところに、一番の魅力があった。FC東京の監督時代、日本のサッカー界が守備的サッカーに染まる中、一人攻撃的サッカーを掲げて戦ったことも、人気を集めた理由だった。監督稼業の合間を縫って、せっせと欧州まで単身、サッカー観戦にも出かけた。欧州各地を自主的に身軽に飛び回った。仕事絡みでなければ足を運ぼうとしない他の指導者、解説者とは一線を画していた。そしてその結果掴んだのが、攻撃的サッカーだった。誰かの受け売りではなく、自分自身でその感覚を掴んだところに価値があった。

 技術委員長に就任。南アW杯後、代表監督探しを任せられると、欧州で培った感覚を頼りに交渉に当たった。難航を余儀なくされたが、その結果、ザッケローニという人物に辿り着いた。

 この監督人事は、日本サッカー界にとって画期的な出来事と言えた。代表監督をあるコンセプトに基づいて探し、招聘に漕ぎつけた初のケースだったからだ。あるコンセプトとは攻撃的サッカーになるが、それまでの代表監督の探し方は、それに比べるとかなり原始的だった。

 岡田武史、オシム、ジーコは近場にいた人物。トルシエに辿り着いた経緯は、公にはベンゲルの紹介と言われているが、フランスサッカー協会のリストから探し出したというのが真相のようだ。来日するまで、どんなサッカーをする指導者なのか、協会関係者でも知る人はほとんどいなかった。

 トルシエ以外は日本をよく知る人物。サッカーの方法論に基づき、世界的な視点で探し求めたことはなかったのだ。理由は簡単だ。探す側にそうした目、能力を持った人物がいなかったからだ。世界のサッカーの実情に精通した人が。