『君に目があり見開かれ』(佐藤文香/港の人) 佐藤文香の第二句集。恋愛の楽しさや苦しさをストレートに表現した句がたくさん。鳥の句もたくさん。

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第2句集『君に目があり見開かれ』を上梓した佐藤文香。
俳句とどうつきあっているの? 双極性障害とどうつきあっているの? 恋愛とどう向き合っているの? という3つ、そしてその3つがどう関わりあっているのかについてのインタビュー。
第一回、第二回に続き、最終回は、眠れない夜の対処法と、恋愛について聞いた。

■妥協するのは苦手?
米光 妥協するのが苦手なところがある?
佐藤 うーん。人に非難されるのがすっごくダメなんですね。怒られないために、そしてできれば褒められるためにはどうしなければならないか、つねに考えています。他人に怒られた経験って、人生で10回もない。あのときあの子にあんなこと言っちゃった、みたいな失敗も、ぜんぶ記憶に残ってます。
米光 怒られるのは嫌なのに、彼氏のDV的な発言はいいの? 
佐藤 わたしが泣いたら、「泣けばいいと思ってるんだろう」って言うんです。さらに泣くじゃないですか。ぼろくそに言ってきて、最後「おいで」って(抱き寄せるしぐさ)。
米光 うーーーん。
佐藤 だからなんか、妥協しないというより、人に悪く思われたくない。
米光 日常では多々困ることのある自分の要素が、作品を作るときの力になってたりする?  たとえば、すごく落ち込んでしまうところとか。
佐藤 調子がいいときも普通のときも悪いときも、俳句は作ります。調子が悪いときに、もう俳句しか書けないみたいになって連作を作ったり。でも、そのとき作った句がいい句である割合は、調子がいいときとそんなに変わらないとも思う。ただ、バリエーションは増えた、かな。
米光 うん。
佐藤 鬱になるまえのわたしは、人のつらさを分かってなかった。たとえば、毎日授業に遅れてくる人がいる。まえは「目覚ましたくさんセットして起きろよ」って思ってた。今なら、起きられない、起きても来ることができない、そんなこともあるんだと分かる。他人のつらさ、生きがたさを想像することができるようになりました。そういう意味で人間的に成長があったと思います。それが作品に直結……まあ、してる、かなあ。

■眠れない夜の対処法
米光 気圧や天候は関係ある? 
佐藤 ありますね。秋がつらいですね。寒くなっていくのが……。もう、空気の匂いとかでダメですね。
米光 へー。
佐藤 金木犀、咲かないでって思います。
米光 冬はいいの? 
佐藤 寒くなってしまえば、もうしょうがないかって思える。でも、夜、暗いのがつらいですね。わたしは夜にひとりで眠れなくて。毎日1、2時間スカイプで彼にしゃべってもらうのを、1年以上やってました。
米光 彼とコミュニケーションを取ると落ち着く?
佐藤 わたしの場合、本当に何もできなくなってしまったときに、人と喋ってまぎらわすには、ふたつ方法があります。ひとつは、200%褒めてもらう。いいところを褒めるんじゃなくて、わたしという存在が生きていて大丈夫であることを言い続けてもらう。
米光 うんうん。
佐藤 もうひとつは、自分の興味のある話に持ち込んでもらう。どっちにしろすごく時間がかかります(笑)。1、2時間は必要です。
米光 そうなんだねー。
佐藤 あと、寝るまえに「ちょっとえっちな話してー」ってお願いして、20分ぐらいしてもらう。えっちな話してると、
米光 落ち着く?
佐藤 元気になる。
米光 どういう話?
佐藤 このまえどうだったか、とか。「最近見たAVでこういうのがあってさー、胸がちっちゃい女の子がいて、それがあなたに見えて」みたいな。えっちな話って、他のすべての思考を停止させることができる。えっちな脳になるっていうか。えっちなことを一生懸命考えようってなる。そうすると、よく眠れます。
米光 恋人は、それが悩みになることもあるけど、それでも必要……。
佐藤 でもねー、人によってはえっちな話は無理らしくって。いまつきあってる子は無理なんです。
米光 どうしてるの?

■その人との未来を
佐藤 どうしてるかというと、電話を切るまえに「わたしのことだけ考えて。わたしとのことの話をして」って言ってます。たとえば、「来年になったら初詣行こうか」「あんまり混んでない小さな神社に行きたいね」みたいな話をすると心が落ち着く。
米光 恋愛脳になってると他のことを考えなくてすむ?
佐藤 基本的に何もしていないときは、好きな人のことを考えています。明日、来月、3年後に好きな人と何がしたいかを、ループで考え続けている。
米光 落ち込みと恋愛の話ってあまり語られないけど、大切なことかもしれないね。
佐藤 うちの母は、将来のことをいいように妄想する癖があって。佐藤家では「皮算用クラブ」って呼んでます。部長が母親です。活動としては、俳句の賞に応募した翌日には授賞式でどんなスピーチしようか考えだす、みたいな。それの恋愛バージョンですね。わたしは、その人との未来を考えられないのがいちばんつらいんです。
米光 うんうん。
佐藤 2人で住む物件を一生探してたい。
米光 ふふふ。

■失敗したときの対処法
佐藤 イベントが終わって失敗したなあと思ったときに、何が悪かったかをひとつひとつ分解して考えるようになってから、まえほど落ち込まなくなりました。
米光 たとえば?
佐藤 パネルディスカッションに出たときに、ここでわたしがしゃしゃり出たのはよくなかった、もともとの企画段階でレジュメを提出させていないことが話の幅を狭めた、ここであの人がさえぎったのがよくなかった、みたいな。
米光 そうか、ぼんやり考えると、ぜんぶ自分が悪いように考えちゃうけど、分解して考えると実はこれだけだったと分かる。
佐藤 しめきりまえにおかしくなってるときにも言えます。
米光 しめきりが迫ってくるとき?
佐藤 これもある、あれもある、ぜんぶできてない、やばいって時に、いったん整理する。これは何日までなら待ってもらえるんだからまずメールしよう。これは今日しめきりだけど明日の朝までに出せばいいからいったん置く。じゃあいまやらないといけないのは、まずこれだ、と考えられると、精神的な負担が減るというのが分かって。

■調子が悪いときは日記を書く
米光 他にはどういうことしてる?
佐藤 調子が悪いときは日記を書けって医者に言われてました。これも気持ちの整頓なんですよね。つらいときに、日記に何がつらかったか延々書き連ねる。そうすると、見える形で何がつらいかがピックアップされる。
米光 それは手書き?
佐藤 そうです。手書きだとパソコンから離れられる。パソコン、とくにSNSは調子が悪くなる原因なので。
米光 そうなの?
佐藤 「いいね!」がひとつついただけで、誰がくれたのか確認したり。あの人は今Facebookを見てるのに、私のこれに「いいね!」しなかったな……とか気にしてしまう。

■いちばん発散できるのはメール
米光 いま、渦巻くような、いろんな気持ちのことを聞いたわけだけど、でも俳句の特殊性としてさ、そういった思いをストレートに形にする表現形式ではないよね?
佐藤 うん。
米光 長文を書いたほうが気持ちを吐き出せるというか、表現できる。そのへんはどう? 
佐藤 2年ぐらいまえ、当時好きな人宛に詩を送ってたんですよ。その人にしか見せない詩を携帯で書いて。そのうち、好きな人だけじゃなくて、身近の7人ぐらいにいっせいに送ることも始めた。そのときの詩を11 月に発売された電子書籍『佐藤文香詩集「新しい音楽をおしえて」 マイナビ現代詩歌セレクション』に入れました。マイナビのサイトに連載していたものが半分で、残りの未発表作品というのが、そのメールです。わたしにとっていちばん発散できるのはメールです。誰かに書き送る形で、自分の気持ちを整理できる。相手に読んでもらえることは確証されている。しかも相手は私のことを好きで読んでくれる。つらい内容を書いているときもあれば、つらい気持ちを昇華させて別の形にして書くこともあるけど、それを面白かったって言ってもらうと報われた気持ちになります。
米光 俳句はどう?
佐藤 1句で発散はしにくいんですけど、連作形式なら。何度も同じ言葉を使い続けたりできるので。ふらんす堂のウェブサイトで365日俳句日記という連載をしたときに、最後の1ヶ月はぜんぶ雪の句にして、恋愛の嫌なところを書きました。そのときの句も『君に目があり見開かれ』に入っています。
米光 どれ?
佐藤 雪のまはす水車のまはす雪こぼる
ですね。これだけだとそんなでもないんですけど、句集に入れなかった句に、
あやかだかからだだか雪やんだのか
明日なくて雪片のごとかさなれる
朝君をほどいて立ちぬ雪を見に
粉雪や愛さぬやうに煙草ゆるす
伊勢丹に雪や涙に湯気立つや
こういうのもありました。

■柚子の花君に
米光『君に目があり見開かれ』で、ぼくが好きな句は、最初のやつ。
柚子の花君に目があり見開かれ
「柚子」で、実のイメージがぱっと浮かんで、でも「柚子の花」は知らなくて、なんとなく白い小さな花かなーと想像して。連想がたくさん動いた。
佐藤 柚子の花って聞いたときに、柚子を思い出すと思うんですよ。
米光 そうそう。
佐藤 匂いとか。だから、柚子の花が思いつかなくても、それでいい。この表紙の黄色って、たぶん、柚子なんです。
米光 これも不思議な句だよね。
春の光ぼくは眠る君は起きてゐて
おまえ寝てんじゃねーのかよっていう。主格が幽体離脱してる。
佐藤 それ、二通り読みが考えられるんですけど、どう読みました?「起きてて」って言っているのか、起きている状態なのか。
米光 俺は、起きている状態として読んでたよー。
佐藤 私もそっちのつもりで作りました。
米光 そっか。逆にいうと「ぼくは眠るから起きてて」って言ってる情景なら不思議はないのか。あと、かさぶたの句も好き。
かさぶたになるまへは輝いてゐた
佐藤 それつらいときの句ですねー。
米光 つらい恋をしていたとき?
佐藤 切ったところがまだ血だっていう話ですね。
米光 自傷?
佐藤 そうです。かさぶたになるまえ、まだ乾いてないところを輝いていたというふうに言っている。そういう痛みの句ですね。
米光 聞くと印象変わるね。
佐藤 どういう印象で読んでた?
米光 希望を感じながら読んでた。かさぶたってふつうなら醜い状態だけど、いや輝いていたなごり、輝いたあとの状態なんだと。
佐藤 なるほど。

(米光一成)