『愛される資格』樋口 毅宏 小学館

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 俳優の石田純一さんがモデル・長谷川理恵さんとの不倫交際報道の中で発した名言「不倫は文化」から18年目の今年。上戸彩さん主演の不倫ドラマ「昼顔」が、「流行語大賞」の候補語50語にノミネート。さらに海外からやってきた不倫専門SNS「アシュレイ・マディソン」が注目されるなど"不倫"が世間を席巻した一年でした。

 本書『愛される資格』も、そんな不倫を描いた一冊。著者の樋口毅宏さんは、2009年に『さらば雑司ヶ谷』でデビュー。セックスと暴力を描くことに定評がある小説家です。本書でも大胆な性描写は健在で『週刊ポスト』連載時から大きな反響を呼びました。

 とはいえ、本書は性愛描写だけを押し出したありがちな不倫小説ではなく、繊細な心理描写も兼ね備えた作品。本書の帯にある「上司の妻を寝取ってやる」の言葉通り、33歳の主人公・富岡兼吾は、不満を抱いていた上司の13歳年上の妻・秀子と不倫し、そのあげく妊娠させてしまいます。そこに至るまでの主人公の心の動き、そして彼が抱えてきた人生の苦悩......主人公の友人は彼をこう評しています。

「おまえさんは普段は小心だが、ヘンに大胆なときもある。上司の妻を寝取るなんざ、世のサラリーマンから見たら反逆のヒーローだ」(本書より)

「ヒーロー」と称された言葉とは裏腹に、本書では随所で特別な才能を持ちえない自分に絶望する主人公の姿が描かれています。

「......俺、この歳になっても、自分が何者になりたいかわからない。悲しいことに天才じゃなく生まれてしまった。こんな普通の人で、才能もなくて、どう生きればいいのだろう」(本書より)

 1980年生まれの主人公は、学生時代に就職難だったロストジェネレーション。「正社員になれて良かった」と心底喜びを感じた彼は、就職後も職場に不満があっても「天才でもないのにバチがあたる」と自戒します。そう自分を騙し続けながら、この先このままでいいのか、どうすればいいのかずっと苦悩していたのです。

 一方、上司は1958年生まれで、青春時代を高度経済成長期に過ごした55歳。「だいたいこの頃の若造はへなちょこだからな」などといかにも昭和的な価値観のもと、主人公をいびり続け、世代間の溝はますます深まり、反逆のきっかけを作り出します。しかし、主人公は皮肉なことに、この上司の妻に愛されることで、大切なことに気づくのです。

「天才になれないかもしれないけど、人の親にはなれる。(中略)それまで僕は、特別な人間にならければならないと思い込んでいた。そうじゃなきゃ、愛される資格がないと思っていた。でも人生を踏み外してよくわかった」(本書より)

 倫理に反してようやく答えを見出した33歳の主人公・富岡兼吾。その後、彼はある決意を胸に新しい人生をスタートさせます。富岡世代はもちろん、社畜人生に意味を見いだせない全サラリーマンにこそ、このような価値観の転換が必要なのかもしれません。