『日本国憲法 大阪おばちゃん語訳』(文藝春秋)

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「憲法改正は自民党の悲願であり、立党以来の目標だ」「憲法改正の必要性を訴えていく」

 自民党圧勝の総選挙を終え、会見でさっそく憲法改正へ強い意欲を見せた安倍晋三首相。祖父・岸信介の悲願を達成させるという極個人的な夢に、国民が本格的に付き合わされることになるらしい。焦点となるのは、もちろん憲法9条だ。

 だが、この安倍首相の宣言を前に、「9条、9条というけれど、よくわからない」という人も多いはず。そんな人にオススメしたい一冊が、先日発売された『日本国憲法 大阪おばちゃん語訳』(文藝春秋)だ。著者は「全日本おばちゃん党代表代行」の谷口真由美氏。タイトルの通り、大阪のおばちゃんの口調で憲法を口語訳・解説している"珍書"である。

 しかし、たんなるイロモノ本とあなどるなかれ。じつは谷口氏は大阪大学で「日本国憲法」講義を受けもち、一般教養科目1000科目のなかから学生の投票で選ばれる"ベストティーチャー賞"を4度も受賞するという輝かしい実績の持ち主なのだ。もちろん、そのわかりやすさは抜群。はたして、阪大生に支持されるおばちゃんの憲法訳とはどんなものなのか。今回は本書から、いま一度、憲法改正を見つめ直すために、大阪のおばちゃん訳の9条を紹介したい。

 そもそも、日本国憲法の三大原則のひとつは「平和主義」だが、おばちゃんいわく、「それは前文と9条から引き出されるんですわ」。まずはその9条とは切っても切り離せない、そして憲法を理解する上で重要な前文から見てみよう。おばちゃん訳と比較するためにも、原文の前文をいささか長いが平和について言及する2段落目からすべて引用する。

〈日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。〉

 ......うーん。わかるような気もするが、理解できるかといえばなかなか難しいものがある。これが大阪のおばちゃん訳ならどうなるか。

〈私らは、ずっと平和がええなって思ってますねんわ。人間っていうのはお互い信頼しあえるって、理想かもしれんけれどホンマにそない思ってますねん。せやさかい、他の国のお人たちも同じように平和が好きちゃうかって信じてますねん。そう信じることで、世界の中で私らの安全と生存を確保しようと決めましてん。私らな、国際社会が頑張ってることありますやん、ほら、平和を守っていくとか、誰かに支配されたり奴隷みたいなひどい扱いすることやめさせるとか、ひとさまを踏みにじるとかを金輪際やめようっていう活動してるなかで、ええかっこしてみたいし、尊敬されたいねん。せやから私らな、全世界の人たちがみんな、怖いおもいすることとか、飢えたりすることからさいならして、平和に生きていく権利があるって本気で思ってますさかいに、そのことも確認させてな。〉

「ええかっこしてみたいし、尊敬されたいねん」って、憲法ってこんなにぶっちゃけてたの?と思った人も多いだろう。それ以上に、日本に限定しない世界の平和を想像するたくましさも感じられると思う。ちなみに、安倍首相はこの前文について、2012年にネット番組で「自分たちが専制や隷従、圧迫と偏狭をなくそうと考えているわけではない。いじましいんですね。みっともない憲法ですよ、はっきり言って」と批判しているが、このおばちゃん訳を読めば、それは誤読であることがはっきりとわかる。

 さらに、9条はこんな訳になる。同じように原文と訳を見てみよう。

【原文】
〈1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。〉

【大阪のおばちゃん訳】
〈1 日本国民は、正義と秩序でなりたってる国際平和を心底大事やと思って追い求めていくで。国とか政府が権限ふりかざして戦争はじめたり、武力つかって威嚇したり武力つこたりするっちゅうのは、世界のもめごとを解決するためには永久に棄てましてん。

2 ほんで、さっきの戦争を永久に棄てましてんっていう目的を達成するためには、軍隊とか戦力は持ちまへんで。ほんで戦争する権利は認めまへんで。〉

「永久に棄てましてん」と言われると、「はぁ、そうでっか。そりゃしゃあないな」と返事してしまいそうになるが、安倍首相はこれをアクロバティックに解釈し直し、集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。だが、この「集団的自衛権」もわかりづらい。ここでもおばちゃんの手を借りてみよう。

 まず、これまで日本においては「自衛権=個別的自衛権」と考えられてきたが、これはおばちゃんいわく、「殴られたら殴り返す、殴られそうな危険を感じたときに殴りに行くっていうようなモンですわ」。一方、集団的自衛権は、「ヤンキーのケンカみたいなモン」だと言う。

「仲良しのツレがやられて、ツレに「助けてーや」と言われたら、ホンマはツレのほうが間違ってたかもしれんケンカとか、ツレのほうが明らかにいじめてる側やのにとか関係なく、「俺、アイツのツレやから」という理由でケンカに行くようなモンですわ。ツレがめっちゃ悪い奴やったらどないすんねん、というのはすっ飛ばすんですな。(中略)自衛っちゅうより他衛ですな」

 この「ツレ」とは、お察しの通り、アメリカである。たしかにツレは、シリアへの空爆をはじめ、しょっちゅう間違ったケンカをしている。他方、安倍首相にいわせれば、解釈改憲は尖閣諸島をはじめ領土問題で緊張がつづく中国などの周辺国を念頭に置いているのだろう。しかし、これについてもおばちゃんは、「もともと集団的自衛権と周辺事態は関係ないんでっせ。だって、ヤンキーのケンカは世界中どこでも起こりますからな。日本の周りの話だけやったら、個別的自衛権の話ですもんな」と切り捨てている。

 そして、おばちゃんは「なんや最近は「軍隊もって一人前、軍隊もてて普通の国になれる!」っていう人が増えてきてるみたいですけど、ホンマにそうなんやろか?」と疑問を呈する。

「気に入らん奴がおるから殴りに行くとかっていうのは、人間としてものすごい原始的ですわな。最後の手段やっていうけど、その最後の手段を出さへんように他の国にも働きかけなアカンよなって憲法の前文読んだらそんな意味にも取れるわけですわ。これこそ、真の「積極的平和主義」。最後の手段もってるのと持ってないのとで心構えが変わってくるっていうお人たちは、どんな風に心構えが変わるのか、一人前になるとか感情論やなくて話してほしいですな」

 なぜ、憲法を改正しなくてはいけないのか。安倍首相は、"GHQの押し付け憲法だから"とか"新しい価値観に対応できていない"などと理由を挙げるが、それもおばちゃんは「古臭いことが問題やねんやったら、大日本帝国憲法下でできた民法とか刑法かえるのが先やろしね」と言い、「押し付けもホンマに押し付けかどうか語れるくらい日本国憲法成立史わかって言うてるんやったらまだしも、そんなお人ほとんどいてはりませんもん」と嘆く。安倍首相は憲法を改正しようとするのに、包括的人権規定が憲法13条であることも、憲法学者・芦部信喜も知らないのだから、たしかに成立史を知っているとは到底思えない。おばちゃんが文句をつけたくなる気持ちも納得である。

 おばちゃん訳を見ればおわかりになるかと思うが、現行の日本国憲法は一見お堅く感じても、その本質は柔和なものだ。そこに手が加えられれば、どんなものになるのか。自民党が以前に発表した改正草案を読めば、ずっと険悪なものになることはあきらかだ。

「日本がこの9条をあきらめたら、もう世界中でこんな「真の積極的平和主義」書いてる国なくなるってことですな。それと、こんな自由な状態もなくなるでしょうし、人権なんてナンボでも後回しになりますやろなぁ」

 戦争上等、自由も人権も無視し放題──。おばちゃんのこのボヤキが、いよいよ現実になるのか。それだけは、ホンマに堪忍してほしい、と思うんやわ。
(水井多賀子)