『馬語手帖―ウマと話そう』河田桟/カディブックス

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3年近く前に出た本だけど、最近知った。河田桟の『馬語手帖 ウマと話そう』(カディブックス、2012年)という本。この文を書いている2014年12月現在、Amazonでは在庫切れでマーケットプレイスでは法外に高い値がついているけど、版元サイトでは本体1,200でちゃんと買えます。
巻末の著者紹介文を読むと、こう書いてあった。
〈河田桟 かわた・さん
ライター・インタビュア・編集者。書評・インタビュー等を中心に執筆・編集を行ってきた。2009年、馬と暮らすために与那国島に移住〉。

与那国といえば、沖縄は八重山列島にある、日本最西端の島だ。
頭数がメチャクチャ少ないので有名な、在来種で天然記念物の、あの与那国馬がいるところじゃないか。
与那国馬と暮らすために移住したのかこの人。まずそれがすごい!
この本はまず、著者自身が描いているイラストがいちいちかわいい。
まあとにかく、 これとかこれとかを見てくれ。
馬という生きものをよく見ている。馬がちゃんと馬々しく描かれている。
表紙画像の馬を見て、馬にしてはずいぶん体高低いな、と感じられるかたも多いだろう。与那国馬は小柄なポニー系なのだ。
馬といってもいろいろある。北海道・帯広のローカル競技として有名な輓曳(ばんえい)競馬(重い橇を曳いて競走する)に出る馬だと、体長は与那国馬の1.5倍からどうかすると倍くらいあるのです。

馬というのはずいぶん賢い生きものだ。僕ら人間との間に、意志の疎通はちゃんと可能だ。
でも、もともとは群をなして暮らす草食動物だった。同じ家畜とはいえ、肉食・雑食系の犬や猫とは反応のポイントが違う。
まず、仲よくなるには、いきなり近づかない。視線をかっちり合わせずに、馬からこっちが見られるような位置にさりげなく行く。
〈あまりウマを見ないようにします。「君のことなんか気づいてないよ」という感じで、そっぽを向いているぐらいがちょうどいいと思います〉(98-99頁)。
いや、〈「君のことなんか気づいてないよ」〉って、思いっきり気づいてる表現じゃないですか(笑)。
〈ウマによっては、気づかないそぶりで、草を食べ続けるかもしれません。でも、そのウマだって、もちろんあなたに気づいているはずです。ウマの視野は340度もあります。顔をあなたに向けていなくても、しっかりあなたを見ています。それは耳を見ればわかります〉
そうなのだ。馬のばあい、耳は目ほどにものを言う。
ここでじーっと我慢すると、馬が近づいてくる。キター!
〈ウマが近寄ってくる間も、すぐにウマの方を向いたり、動いたりせず、なにげないそぶりを続けます〉
リラーックス……。こっちが緊張したら、馬はすぐに気がつくからね。息を深くして……。
馬が顔を近づけてきたら?
〈そうしたら、あなたもゆっくり顔をウマに向けて、鼻と鼻をつけるようにします。
 ウマはあなたの息を嗅いでいます〉
このあたり、猫といっしょだなー。表紙画像になっているイラストは、ファーストコンタクトのこの段階を図解したものである。
〈あなたもウマの息を嗅いでみます(余談ですが、ウマの息はとてもいい匂いなんですよ。こうばしいような草の匂いがするんです)〉
そういえば馬のボロ(馬糞)も草の匂いがするな。
ここで馬どうしならお尻の匂いを嗅ぎあうのだそうだ。このへんも猫とか犬と共通している。僕ら人間はどうしたらいいのかというと、
〈ここは、ウマが不安にならないように、ゆっくりゆっくり手を伸ばして、馬にあなたの手の匂いを嗅がせます。ウマが納得するまで、じゅうぶんに嗅がせます〉
もちろん、噛まれないように気をつけてね。
 〈馬語〉の語彙もいろいろ解説してくれる。

びっくりしたり、なにかに注意しているときは、耳がぴんと立つとか、なにかをおねだりするときには、〈かわいい目をする〉(笑)とか、痒いところを掻いてもらったら鼻の下を伸ばすとか、ほっとしたら口をもぐもぐするとか、じれったいときにはかたほうの前肢で地面を掻くとか(〈前掻き〉)、親しくなったら〈ブフ ブフフ〉と言うとか。
こう考えてみると、人間が使う言語という記号は、コミュニケーションツールのごく一部でしかないという感じがする。
そもそも人間どうしのコミュニケーションだって、言葉以外の、表情とか身振りとか間とか声質とかで、情報のかなりの部分をやり取りしているのだ、ということに改めて気づく。

この本を知ったのは、『ロンドンのマーケットに行こう』(東京書籍)『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)の村松美賀子さんに連れられて、京都の恵文社一乗寺店「COTTAGE」で堀部篤史店長にリトルプレスの話を聞きにいったときだ。堀部さんが個性的な少部数出版の例として挙げたなかにこれがあった。その場で即買いした。
なお、著者は最近、『馬語手帖』に続く文章をブログ連載していた『はしっこに、馬といる。』が完結したところだという。
発行元のカディブックスは著者の個人出版社。住所はもちろん与那国町与那国。いまのところこの『馬語手帖』がただ一点の書籍で、他にポストカードなどのグッズがある。

カディブックスのサイト内の記事「100人の読者に」によれば、『馬語手帖』はオンデマンドで100部くらいずつ作っているという。〈なくなってきたら、また100冊作ります〉。
僕が買ったのは〈第2版第16刷〉となっている。けっこう売れてる……。
〈この方法のよいところはたくさんあります。

 一度にたくさんのお金を必要としません。
 在庫も少ないので、
 置き場所にもそんなに困りません。

 もしなにかを変えたくなったら、
 次の版から変えることもできます。
 かなり自由な感じです〉

こういう形式の少部数出版モデルもあるんだね、という興味もコミで、いろいろおもしろい本です。
(千野帽子)