3冠達成の笛を聞いた瞬間の心境を聞かれた長谷川監督は「取っちゃったという気分」と言った。こみ上げる感激を抑えるのに必死という感じではなかった。「ちゃった」という言い回しに、照れ臭さを垣間見た気がした。

 天皇杯と言えば、伝統のあるビッグタイトル。ナビスコ杯よりもステイタスの高い、まさに欲しいタイトルだ。しかし、決勝の相手が山形となると「欲しい」は一転、「取って当たり前」になる。絶対に負けられない戦いになる。

 ガンバ大阪はそこで無事勝利を飾った。負けなくてよかったと、安堵する気持ちは、歓喜したくなる気持ちと、同じぐらい強かったと思う。相手はJ2の6位。順位的には23位も低い。相手の力は、3冠が懸かった試合にしては弱かった。

 だが、ガンバ大阪は苦戦した。山形に1点を返され1−2にされると、試合は一触即発のムードになった。ダメ押しゴールとなった3点目は、相手の選手が一人、治療のために外に出ていた時に生まれたもの。幾ばくかの運に恵まれての勝利。順当勝ちと一言で片付けられない勝利だった。 

 ガンバ大阪は、その前の試合でも苦戦した。2冠目となったJリーグの、その最終節、対徳島戦だ。それまで勝ち点はわずか13。3勝しか挙げられず、ダントツ最下位で、J2転落を早々に決めていた相手に大苦戦した。本来のサッカーができず、0−0で引き分けてしまった。2位浦和が名古屋に敗れたことで、何とか優勝に辿り着いた、という格好だった。

 しかし、3冠を達成したいま、ガンバ大阪が格下相手に2試合続けて際どい試合をしたという事実に、触れようとする人は少ない。今季のガンバ大阪は強かった、という話で決着している。3冠は確かに快挙に違いないが、僕には、それ以上に、終わり方の悪さが気になるのだ。このまま、来季が始まればガンバ大阪は危ない。翌シーズン、翌々シーズンには並のチームに成り下がった過去の優勝チームをふと連想してしまうのだ。

 Jリーグと他国のリーグとの最大の相違点は、常時、優勝争いをリードする盟主がいないことだ。どこが強いか、優勝するか、やってみなければ分からない。そこに最大の特徴がある。2部から上がって即優勝。全34節中、20節まで降格圏内の16位にいたチームが、そこから一気にまくりをかけ優勝してしまうリーグは他にない。

 しかも3冠達成だ。2000年の鹿島が達成した3冠より驚くべき話になる。まさに前代未聞の珍事。ガンバ大阪の優勝を通して見えたものは、Jリーグの混沌。上下動の激しさにある。上位と下位は異常なほど接近した距離にある。

 上下動のカギを握る大きな要素は外国人だ。その当たり外れで、順位は大きく変動する。前回も述べたが、ガンバ大阪の躍進は、パトリックの獲得と大きな関係がある。その加入とともに成績はうなぎ登りに上昇していった。

 格下相手に苦戦する姿を見せられると、ガンバ大阪の来季が心配になるのだ。このまま来季が始まれば、どうなるだろうか。僕が、3冠達成の瞬間に思ったことはそれだった。

 そのサッカーは決して良くなかった。サイドを有効に活用したパスコースの多い深みのあるサッカーはできていなかった。左右の幅を広く使っておいて、真ん中を突くという良い時のスタイルではなかったのだ。なによりボールが散らなかった。展開に難がある攻撃をしていた。倉田、大森を生かし切れていなかった。

 シャビ・アロンソ不在と言いたくなった。一番気になったのは、すなわちJリーグアウォーズでMVPに輝いた遠藤の展開力だ。狭いエリアでまったりしたパス交換をせず、早めにポンポンと大きく展開した方が、山形も徳島も嫌だったはず。俯瞰で見ていると、遠藤はMVPと言うよりも、今後のガンバ大阪のカギを握る選手に見えた。

 好みのタイプだったか、目標だったか失念したが、かつて遠藤は、シャビ・アロンソの展開力に注目しているとこちらに述べた。そして今季のガンバ大阪は、遠藤がシャビ・アロンソを彷彿とさせるプレイを見せると上等なものに映った。美しいとさえ思わせる、他のチームにはない深みのあるサッカーをした。だが、遠藤がシャビ・アロンソになりきれない試合も少なくなかった。そうした時は、パトリック頼みのサッカーになった。

 徳島戦のように、パトリックがコンディション不良で精彩を欠くと、ガンバ大阪は一転、並のチームに成り下がった。だが、相対的に見れば、どこよりも良いサッカーをしていたことは事実。そのチームが3冠を達成したことは、日本のサッカー界にとって、歓迎すべき事だと思う。

 それ以上に良いサッカーができるか。展開に優れたサッカーをよりコンスタントに行えるか。現状維持では危ない。安定した成績は残せない。天皇杯決勝を見ながら、ぼくはそう思った。