ガンバ大阪優勝の最大の要因は何か? スポーツニュース等でいろんな人がいろんな意見を述べていたが、肝心な人物の名前は、僕がチェックした限りでは、ついに出てこなかった。日本のメディアの嫌な一面を見た気がした。

 ガンバ大阪は、W杯前の最後の試合(14節)で、FC東京に0−3で完敗。順位を降格圏内の16位まで下げた。上昇気流に転じたのはW杯空け。15節の対甲府戦に勝利を飾ると、驚異の快進撃で順位をぐんぐん上げていった。

 その前と後で、違ったのは何か。最大の起爆剤は何か。パトリックの加入に他ならない。それぐらいは、誰にでも分かることだ。もちろんそれだけではない。様々な要素が絡んでいることは確かだ。しかし、その名前が一切出てこないというのはあまりにも不自然。スポーツニュースの番組のシナリオに、無理矢理日本人だけの話に持っていこうとする排他性を感じずにはいられなかった。

 もっとも、これはいまに始まった傾向ではない。サッカーに限った話でもない。他の競技の報道も大抵この調子だ。翌日曜日に行われた福岡国際マラソンがそうだった。話のメインは優勝したマカウ選手ではなく、4位に入った藤原正和選手。世界陸上の代表争い。その話題が優勝争いを大きく上回ることになった。バランスを欠いているのだ。異常なほど。百歩譲って半々。これが常識のギリギリのラインになるが、実際には、藤原選手の話題が8割以上を占めた。大会名に「国際」と名前が入っているにもかかわらず、報じ方はまさしく国内大会そのものだった。

 毎週報じられるゴルフの国内ツアーのニュース報道もひどい状態だ。外国人選手が優勝しても、それに触れるのは最後の数秒だけ。日本人の話題に終始することが大半だ。最後に一言「優勝したのは、台湾のテレサ・ルー選手でした」という、ナレーションを聞くと、悲しい気持ちになる。外国人選手と言えども、日本ツアーの一員。日本のスポーツ界を支える重要な一人だ。そうした認識が、報じる側にまるで欠けている。

 Jリーグから、外国人選手がいなくなったらどうなるか。パトリック級の選手が消えたら、サッカーのレベルは大きく後退する。彼らはきわめて重要な役割を担っている。にもかかわらず、日本のメディアは外国人選手の話題に触れようとしない。愛がない。リスペクトしていない。僕にはそう見える。

 ミランでプレイする本田圭佑は、イタリアのメディアから毎週、毎週、激しい勢いで迫られている。褒められもすれば、叩かれもする。高い関心を抱いてもらっている。彼らはイタリア人の話だけをしているわけでは全くない。ヨーロッパのサッカーメディアすべてに言えることだ。現地で、日本のような報道を見た試しがない。

 リスペクト。UEFAもFIFAも、この言葉をことあるごとに強調する。世界には、リスペクトできない人がいる。問題行動を起こす人もいる。両団体は、それを率先して戒めようとしている。

 今季初め、浦和の一部のファンが掲げた「JAPANESE ONLY」が大きな問題になったが、その後を見る限り、日本に、この手の問題が頻繁に起きそうなムードはしない。事件を、深く反省している様子が伝わってくる。スポーツに国境はない。この言葉が常識として浸透している気がするが、メディアは別だ。世界基準から大きく逸脱している。少なくとも、国内でプレイする外国人選手を、愛すべき存在として、リスペクトしているようには見えない。「JAPANESE ONLY」の精神はむしろ、こちらの方に見え隠れする。質の悪さはファン以上。そう言いたくなる。

 先日、フォルランが、地元ウルグアイのメディアに「日本人は冷たい」と話したそうだが、事の詳細は分からないが、僕にはその気持ちが、なんとなく理解できる。今回のパトリックの扱いに通底した問題だと思う。