盛り上げよう!東京パラリンピック2020(4)

【ロンドンパラ金メダリスト秋山里奈インタビュー Vol.1】

前回インタビューをさせていただいた伊藤数子さん(第1回、第2回、第3回)には、今回、インタビュアーとして、2012年ロンドンパラリンピックに出場し、水泳の全盲クラスで見事金メダルを獲得した、秋山里奈さんにお話をうかがってもらった。24歳で出場したロンドンパラリンピック後、競技からは離れ、社会人として生活しているという秋山さん。まずは現在のお話をうかがった。

伊藤:お久しぶりです。ロンドンパラリンピックから2年が経ちました。今も定期的に泳いだりはされてますか?

秋山:いいえ、引退試合以降はまったくプールに入ってません。

伊藤:泳ぎたくならないですか?

秋山:ならないですね。きっと過去の自分より体力も落ちて、感覚も鈍ってるから、絶対ショックを受けると思うので、そういうことを考えると怖くて泳げないです。

伊藤:本格的に泳ぐというより、ちょっとプールに入りたいという気持ちもないですか?

秋山:ないですね。入ったらまたやりたいって思っちゃうかもしれないし、それはちょっと困るので(笑)。

伊藤:なぜですか?

秋山:万が一また火が着いちゃったら困る。今自分がやっている仕事がすごく楽しくて、会社にも慣れてきて、比較的穏やかな生活を手に入れたので。水泳に関わることになったら、それがちょっと乱れてしまうのかなって。本当は、水泳って体にもいいですし、うまく付き合っていけたらいいんですけど、まだ難しいですね。

伊藤:秋山さんはアスリートとして徹底的にやる性格でしたが、今は水泳よりも社会人として燃えるものがあるということですか?

秋山:そうですね。まず、自分の実力が評価にも関わってきますし、それがすぐお給料とかボーナスとかに直結するじゃないですか。水泳はもちろん自分で目標を立ててやって、ベストが出なかったら悔しいし、結果が出なかったら申し訳ないなっていう気持ちになりますけど、だからといって生活にかかわることではないですよね。なので、責任感というのが全然違うのがひとつ。あとは、大きな会社のほんの一部の仕事ですけど、会社が医療関係なので、患者さんのためになるそのほんの一部の担い手になれてるなっていうのを実感することがたまにあるんです。それがうれしいです。

伊藤:仕事に手ごたえがあるんですね。

秋山:そうですね。私、デスクワークは向いてないと思いつつOLになったんですけど、意外と楽しくて。仕事が終わればプライベートな時間もたくさんありますし、今は何かに急かされてる生活ではないです。それがわりと楽しいです。

伊藤:比べられるものじゃないかもしれないですが、今とアスリートの頃、どちらがいいですか?

秋山:うーん。今のほうがいいですね。性格が少し丸くなったんじゃないかと思います。とげとげしさがなくなりました(笑)

伊藤:現役のときは仕方ないですよね。

秋山:私の場合、スランプとかが長くて、もうイライラして自分が大嫌いで、もっともっとやらなきゃってずっと思ってて。それに比べると、今はすごく余裕があって、「いいのかな、こういうのんびりした生活を送ってて」って思うことがありますけどね。

伊藤:じゃあ、もう水に入っても大丈夫!って思える時期はいつ来そうですか?

秋山:今はまだ自分の世界記録(※)が破られていないので、それが破られて、「もう私の時代じゃない。終わった」って思ったら大丈夫かもしれないです。
※2012年ジャパンパラ大阪大会の100m背泳ぎで出した1分18秒59

伊藤:世界記録ですか。

秋山:早く塗り替えられて欲しいような、でも塗り替えられたら少なからずショックは受けるだろうし......。だから今までも大会結果とか見ないようにしていて、でもFacebookとかやっていると、みんなが(試合の)結果書いたりリンクを載せたりするので、どうしても避けて通れない。大会があるたびにドキドキします。

伊藤:そうですよね。記録は残っていきますもんね。早く破られ過ぎちゃったら、逆にまた燃えちゃいそうなこともありますかね。

秋山:そうかもしれないですね。ロンドンから半年とか1年とかでもう破られちゃったら、また自分で追いかけて記録を塗り替えられるチャンスがあるかもって思っちゃうかもしれないですけど、もう2年ぐらい経つので。

伊藤:今の新しい生活も大いなるチャレンジだと思うんですけれども、Twitterで「死ぬまでチャレンジャーでいたい」って書いてらっしゃって。死ぬまでチャレンジしていたいというのは、いつ頃から思うようになったんですか?

秋山:チャレンジしないと、今のままでいいって思ったら、そこから向上することはないじゃないですか。なので、どんなことでもいいので、ずっと死ぬまで何か挑戦し続けたいなっていうのは、高校生とか大学生ぐらいの時から何となく意識がありましたね。

伊藤:どなたの影響がとかっていうことでもなく?

秋山:そうです。自分の性格ですね。実は、最近ちょっと仕事にも慣れてきて、特に自分の中で超頑張ってることがないんです。仕事はもちろん頑張ってますけど、でも、別にそれは当たり前のことなので。去年は本当に慣れるのに必死で、毎日仕事のことだけ頑張ってましたけど、本当に最近、ふと元気がなくなった時期があったんです。「なんかつまんないな」とか、「こんなんでいいのかな、私」とかいろいろ考えた時期があって。なんでこんな気分になるんだろうと思っていたんですけど、「今、何かに全力で挑戦してないわ」って気付いたんです。今の私の目標は、全力で挑戦できることを探すのが目標です。でもなかなか見つからないんですよね。

伊藤:秋山さんの場合、今まで非常に密度の濃い人生を送ってきて、そこはかなり自分をいじめたり鍛えたりして、もちろん得られるものも大きいという中で来ましたから、多分それと同じぐらいの密度を今もどこかで求めているんでしょうね。

秋山:そうなんですよ。あまりに水泳に費やし過ぎたので、それと同じ刺激だったりとか喜びだったりとかそういうものを求めてしまうと......なかなかないですね。

伊藤:無理ですよね。さっきの穏やかな生活がいいとおっしゃってたところで、実はちょっと引っかかってたので、本音が聞けてよかったです。

【プロフィール】
秋山里奈(あきやま りな)
1987年11月26日生まれ。神奈川県出身。
生まれつき全盲で、3歳から水泳を始めた。2004年アテネパラリンピックに初出場し、100m背泳ぎで銀メダルを獲得。2008年北京パラリンピックでは背泳ぎS11クラス(視力0)が廃止され、自由形で出場したが、50m8位、100m予選落ちという結果に終わった。2012年ロンドンパラリンピックでは再び背泳ぎS11クラスが復活し、念願の金メダルを8年越しで獲得している。

【プロフィール】
伊藤数子(いとう かずこ)
新潟県出身。NPO法人STANDの代表理事。2020年に向けて始動した「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」では顧問を務めている。2003年、電動車椅子サッカーのインターネット中継を企画、実施。それをきっかけにして障がい者スポーツと深く関わるようになった。現在、障がい者 スポーツ競技大会のインターネット中継はもちろん、障がい者スポーツの楽しみ方や、魅力を伝えるウェブサイト「挑戦者たち」でも編集長として自らの考えや、選手たちの思いを発信している。また、スポーツイベントや体験会を行なうなど、精力的に活動の場を広げ、2012年には「ようこそ、障害者スポーツへ」(廣済堂出版)」を出版した。

(つづく)

文●スポルティーバ text by Sportiva