これから半年から1年の間、米ドル高を予想する見解が多い。米ドルが強含むのは米国の景気回復期待が背景にあるが、原油安や地政学的リスクの高まりで、回復ペースは夏前よりは「穏やか」。それ以上に欧州、新興国がもたついており、マネーが米国に流れている。

英国フィナンシャル・タイムズ紙が主催する毎年恒例の投資家会議がニューヨーク証券取引所で開かれ、今回は新しい論点が話題になった。ユーロや円など他の主要通貨に対する米ドルの上昇である。会議では、「目先半年から1年内に1ドル=115〜120円の水準を目指す」(資産運用会社ベセマー・トラストのレベッカ・パターソン最高投資責任者)といったドル高を予想する見解が相次いだ。

米ドル指数は、変動相場制となって以来の最低水準を2011年につけた。金融危機を受けて、FRB(連邦準備制度理事会)が「QE」と呼ばれる量的緩和策を相次いで打ち出したためだ。しかし、今年の春先以降はあらゆる通貨に対して全面高となっており、ドル安という長期トレンドが小休止を迎えた気配である。なぜか?

米ドルが強含むのは、米国景気への回復期待が背景にある。2012年9月から始まった量的緩和策の第3弾「QE3」が10月に終了。QE3を始めた当時は8・1%あった失業率が足元では5・9%にまで低下している。輸出が増えており、経常赤字も財政赤字も縮小した。一方の欧州中央銀行や日銀は金融緩和モードを崩していない。予想された英国バンク・オブ・イングランドの利上げも遠のきそうな気配にある。

9月末、ピムコのCIO(最高投資責任者)だったビル・グロス氏が突然辞任し、ジャナス・キャピタル・グループに電撃移籍した。グロス氏はピムコを世界最大の債券運用会社に育て上げ、「債券王」との異名をとる。債券王がスターダムから降板したこの事件は、1980年代初めから続いてきた長期金利の低下・ドル安という長期基調の終えんを象徴したと捉えられ、ヘッジファンドなどによる債券売り・株式買いの持ち高がはやされた。

だが、市場筋の読みは半分はずれた。翌10月には中国など新興国の景気減速や西アフリカで猛威を振るうエボラ出血熱の米国上陸などが嫌気され、「質への逃避」現象が発生。消去法として、米国債と米ドルが買われたからだ。

IIF(国際金融協会)によると、10月は世界的に新興国からの資金引き揚げが目立った。避難先は米国債。昨年末には3%まで上昇した米国長期金利が10月15日の取引時間中に1・85%まで低下する場面があった。

米国のインフレ連動国債を見ると、ドル高基調が強まった今年7月時点で市場は5〜10

年の間で2・5%のインフレ率を予想していたが、足元では2・2%にすぎない。2015年6月にFRBの政策金利引き上げを予想する向きは10%と、同7月時点の約50%から急低下している。

市場が予想する米国景気の回復ペースは夏前よりは「穏やか」。だが、それ以上に欧州、新興国がもたついており、マネーが米国に流れている。だからこそ、「逆相関」だった米国債と米ドルの関係が「順相関」に転換したのだ。

松浦 肇
産経新聞
ニューヨーク駐在
編集委員
まつうら・はじめ/日本経済新聞記者、コンサルタントなどを経て現職。ペンシルベニア大ウォートン校、コロンビア大法科大学院、同ジャーナズム・スクールにて修士号を取得。



この記事は「ネットマネー2015年1月号」に掲載されたものです。