2014年の新語・流行語大賞が発表された。スポーツ関連では「レジェンド」がトップ10入りしたが、今年の日本サッカーにふさわしいワンフレーズは何だろうか。

 すぐに思い浮かぶのは「自分たちのサッカー」である。ブラジルW杯に出場した日本代表の選手たちが、キャッチフレーズのように使ったものだ。

 選手たちの脳裏には、4年前の南アフリカW杯が浮かんでいたに違いない。相手の良さを消すことで16強入りしたサッカーからの揺り戻しとして、ザッケローニ前監督と選手たちは攻撃的なスタイルを目ざした。

 それ自体は間違いでなかった。ファンやメディアの指示も得ていた。僕自身もそのひとりだった。

 とはいえ、たった4年で世界のトップクラスに肩を並べられるわけがない。対戦相手に応じた微調整は必要である。自分たちのサッカーをするために、自分たちのサッカーを敢えて捨てる時間があってもいい。

 一時的でも相手に主導権を譲るのは、公約違反ではない。勝つために必要な現実的で弾力的な対応だ。

 日本代表に「自分たちのサッカーをやってほしい」と願うファン・サポーターが、ドイツやアルゼンチン相手にも攻撃的な姿勢を求めただろうか。失点を重ねても主導権を握ろうとする姿勢を失わなければ、ザックのチームは拍手で迎えられたのだろうか。

 僕の答えは違う。「自分たちのサッカー」へ盲目的に突き進むのは、彼我の実力を見極めない玉砕行為と考える。

 エクスキューズがあったとすれば、チームのピークとW杯のタイミングが合わなかったことだろう。長谷部、吉田、内田らは長く実戦から離れ、香川はマンチェスター・ユナイテッドで無得点に終わっていた。1月にACミランに移籍した本田も、定位置を確保できなかった。

 彼ら主力選手が心身ともにトップフォームにあれば、1年前のコンフェデ杯のイタリア戦のようなゲームができたかもしれない。結果はともかく、日本らしさを発揮できたかもしれない。

 だが、ある者はフィジカルコンディションに不安を抱え、ある者は自信を失っていた。「自分たちのサッカー」で世界に挑むための裏付けが、大会前にして揺らいでいたのである。

 しかも、コートジボワールとの初戦で躓いてしまった。不安を払拭する好機を、逆転負けというダメージの大きな展開で逃した。

 グループステージは10日強で3試合を消化する。短期決戦だ。ザックは「初戦で選手が自信を失ってしまった」と振り返ったが、そもそも自信がやせ細っていただけに、チームを立て直すのは難しかった。
 
 新語・流行語大賞に続いて、「今年の一文字」がもうすぐ発表される。東京五輪の「輪」や消費増税の「税」などを有力とする見方があるが、サッカー界にはどんな一文字がふさわしいだろうか。

 僕が考えるのは「無」だ。ブラジルW杯のグループステージ敗退に続いて、U−16とU−19の代表が、年代別のW杯出場を逃してしまった。U−21代表も、アジア大会でベスト8に終わった。男子の代表チームは、何ひとつ成果をあげられなかったのである。そういう意味で「無」がふさわしい。

 U−20W杯出場を逃すのは、これで4大会連続となる。07年大会に出場した内田篤人、槙野智章、森重真人、柏木陽介らの世代を最後に、20歳以下のW杯に出場できていないのだ。

 若年層で積み上げる国際経験は、やがてフル代表に結びつく。日本サッカーには、はっきりとした危機が迫っている。それなのに、危機感は乏しい。危機感が持続力を持たない。 

 若年層の強化に対する感度も、鈍いという表現では足りなくなっている。それもまた、「無」の一字を思い起こさせる理由である。