2014年の錦織圭は、2月の全米国際インドアテニス選手権、4月のバルセロナ・オープン、9月のマレーシア・オープン、そして10月の楽天ジャパン・オープンと、ツアー4勝をマークした。また、グランドスラムでも全豪オープンとウインブルドンでベスト16、そして全米オープンでは準優勝と、想像以上の飛躍を見せた1年だった。ついに世界のトップの仲間入りを果たした錦織は、元プロテニスプレイヤー・神尾米氏の目にどう映ったのか?

■元プロテニスプレイヤーが見た「2014年の錦織圭」(後編)

 今季の錦織選手は、ディサイディングセット(第3セットや第5セットなど、試合の勝敗が決まるセット)の勝率が非常に高い――と話題になっていました。その理由のひとつは、錦織選手の適応力の高さにあると思います。錦織選手はファーストセットを落としたとしても、ただでは終わりません。必ず相手を分析してから、セカンドセットに入る。仮にセカンドセットを落としても、必ずその原因を考えて、次のセットに入る。パニックになることなく、きちっと分析しながら試合を進めていたように感じました。

 また、正念場でのメンタルの強さもすごかった。私の場合、試合の勝敗がかかったとき、何がメンタルを保つ源(みなもと)になっていたかと言えば、「練習でどれだけのことをやってきたか」という自負でした。どれほどテニスにかけた生活をしているのか、どれだけ充実した練習をしてきたのか......、ギリギリの勝負になったときには、「こんなところで1本、取られるわけにはいかない。冗談じゃないぞ! 毎日あれだけ厳しい練習していたのに、ここを落としたら泣くでしょ!」と思いながらやっていましたね(笑)。

 もちろん、支えてくれたスタッフへの想いなども、メンタルを強く保てた要因となりました。弱気になりそうなとき、ベンチのコーチが「いけるぞ、いけるぞ!」という表情でいてくれると、選手は頑張れる。そこには日ごろ、「コーチたちとどのようなコミュニケーションを取ってきたか」というのが大きく関係してきます。

 私はそのような気持ちで現役のころを戦っていたのですが、錦織選手はどうなんでしょう? 彼は子どものころからIMGアカデミーに行っていたので、世界を身近に感じていた部分もあるでしょうね。自分から世界へと飛び込んでいったわけですから。

 言葉の壁がないし、世界への精神的な壁もない――。錦織選手がコートに立ったときには、すでに戦う環境が整っていたように感じます。選手として良いプレイができるようになったのに、言葉の壁でコミュニケーションに困った私とは違いますね。今になって当時の自分を振り返ると、言葉や文化の壁は大きかった。選手として力をつけ、「さあ、世界と戦っていこう」と思ったとき、言葉などの壁にぶつかったなんて、今、思えばナンセンスでした。彼はそこを飛び越え、戦うときにすでに環境を整えていたことが、現在の飛躍にもつながっているのでしょう。

 来年、錦織選手にはビッグ4に食い込んで欲しいなと思います。その力は十分にあります。ただ、同時に、「とても大変な1年になるだろうな」とも思ってしまいます。これだけ今季、結果を残したわけですから、他の選手からターゲットにされることでしょう。シーズン終盤に休んでいたラファエル・ナダル(スペイン)もその間にしっかり研究しているでしょうし、トップ選手は出てきた杭を打ちたくなりますから(笑)。そこはやはり、勝負の世界なのです。

 ただ、トップ選手たちは、錦織選手との対戦を楽しみにしていると思います。例えば、ツアーファイナルズ(※)でのロジャー・フェデラー(スイス)は、錦織選手を徹底的に攻略するため、目の色を変えて戦っていました。1〜2ゲーム目からあんなにガッツポーズをするフェデラーは、滅多に見ることがないです。

※ツアーファイナルズ=ATPワールドツアーの年間最終戦。1月からの年間ポイントランキングで上位8選手に出場権が与えられる。

 また、フェデラー戦を見た他の選手たちは、錦織選手との戦い方をあの試合から学んだのではないでしょうか。テニスは常に選手たちが一緒にツアーを回っているわけですから、研究や分析する時間は十分にあります。錦織選手が台頭してきた今の状況を、先輩選手たちはワクワクしていると思いますよ。

 そんなことを簡単に言ってしまいましたが(笑)、あのフェデラーやナダルたちをワクワクさせているだろうなと思える、今のこの状況がすごいです! きっとトップ選手たちは、「ケイと戦ったら、こうして攻めてやろう」と考えているでしょう。そして、もちろん錦織選手も、「そんな相手に引きずり下ろされてたまるか」と食らいついていくでしょう。その食らいつき方が、また我々ファンを感動させてくれるのだろうなと思います。だから、ぜひともビッグ4に食い込んでほしいですね。

 そして、日本の他の選手たちも、何人かは世界トップ50に入ってきてほしいと思っています。錦織選手があの体格(178センチ)で世界の大舞台まで行けたという事実は、他の日本人選手たちに大きな勇気と刺激を与えたはずです。

 私が現役のころは、(クルム)伊達さんがあの身体(163センチ)でも世界でやれるということを背中で示してくれました。だからこそ私は、プライドなんて関係なく、「伊達さんから全部盗み取ってしまえ」と思っていました。伊達さんがどんなスポーツドリンクを飲んでいるのか、何を食べているのか......そんなころまで盗もうと思っていたんです。

 海外の選手とどう戦うのか、そのためにはここまで気持ちが強くないと勝てないのか......ということも、伊達さんから学びました。それはすごく勉強になったし、勇気をたくさんもらいましたね。ですので、他の日本人選手たちも錦織選手の背中を見て、「彼があそこまでできるなら自分も!」と奮起してほしいです。「彼はアメリカに行っていたから特別」みたいに思わないで、しっかりと学びとってほしいですし、今、そんな空気になりつつあると感じています。

 今後、錦織選手以外にも、常にグランドスラムの2回戦や3回戦に日本人が進出しているような状況になると、世界が日本を見る目も変わってくると思います。IMGアカデミーに行っていた西岡良仁選手や、スペインを拠点にしているダニエル太郎選手などの若手に加え、添田豪選手や伊藤竜馬選手など日本で育っている選手たちにも、もっと頑張ってほしいです。そうなれば、さらにいろんな可能性が示せますし、世界からも、「日本で今、何が起きているの?」と思ってもらえるようになる。そういう来年になれば嬉しいですよね。


【profile】
神尾米(かみお・よね)
1971年11月22日、神奈川県横浜市生まれ。母の影響で10歳からテニスを始め、東海大学付属相模高校卒業後の1990年にプロ転向。1992年の全豪オープンを皮切りにグランドスラムで活躍。1995年にはWTAツアーランキング24位まで登りつめるが、肩の故障により1997年2月の全日本室内テニス選手権の優勝を最後に25歳の若さで引退。現在はブリヂストンスポーツのイベントで全国を回るかたわら、プロ選手やジュニアの育成に携わっている。WOWOW解説者。

内田暁●構成 text by Uchida Akatsuki