C.R.A.C.野間易通「ネット右翼の15年〜『自由』が民主主義を壊していく」第2回

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 安倍内閣のツーショット写真騒動は、第2次安倍内閣改造の前日、9月2日にツイッター上で始まった。最初に問題となったのは高市早苗と稲田朋美。それぞれが日の丸をバックに同じ中年男性と写真に収まっていたが、この男性は80年代からネオナチ運動をしてきたことで有名な人物だったのである。

 この場合の「ネオナチ運動」とは極右を指して比喩的に言っているのではない。というのも、この男性は文字通りのナチズム、すなわちヒトラーとナチス思想を信奉する国家社会主義日本労働者党(NSJAP)の代表、山田一成なのである。これは欧米では考えられないことで、もしこのようなネオナチ団体の幹部と一緒に写真に収まっていることがわかったら、即座に辞任となる可能性が高いと言われている。

 この高市と稲田の写真が「発掘」されてから2日後、内閣改造の当日に、今度は新しく国家公安委員長に就任した山谷えり子の衝撃写真がネット上をかけめぐった。2009年2月に島根県松江市内で撮影されたその写真に写っていたのは、山谷を囲むようにたたずむ元在特会のメンバー2人と幹部1人である。

 このメンバー2人はそれぞれ西村斉と荒巻靖彦といい、2人とも現在刑務所に服役中だ。罪状は、2009年の京都朝鮮第一初級学校、2010年の徳島県教組に対する威力業務妨害、侮辱、器物損壊、建造物侵入などで、西村が懲役2年、荒巻が懲役1年6か月。2012年のロート製薬への強要罪で西村が懲役1年、荒巻が懲役1年6か月である。2009〜2010年頃の在特会、特に関西支部は最も粗暴かつ陰湿で、さまざまな場所でさまざまなターゲットに対してヘイトクライムを繰り返していた。その主犯格が、西村斉と荒巻靖彦なのである。

 そしてもう1人。この写真には重要な人物が写っている。それが集合写真の右端に立つ熟年男性、増木重夫(64歳)だ。当時の肩書は在特会関西支部長である。

 増木重夫は、古くから「行動する保守」を注視してきた人びとにとってはよく知られた存在だ。というのも、主権回復を目指す会の西村修平とともに、在特会をはじめとした初期の「行動する保守」を育てたのがこの増木という人物だったからである。その増木重夫が「マスキクン」という愛称とともに海外のメディアを賑わすことになろうとは......。

 高市、稲田、山谷の写真が「発見」されてから約2週間後、海外メディアでも大きく報じられ一段落しかけたかに見えた9月19日、今度は安倍晋三と増木重夫のツーショット写真がネット上で話題になり始めた。

 白いシャツを着て肩を寄せあい、カメラに向かって微笑む安倍晋三と増木重夫。写真にはこうキャプションがついている。

「マスキクンのこと覚えてくれてました」

 この写真は増木重夫が管理するウェブサイトに掲載されていたもので、前衆議院議員渡嘉敷奈緒美が大阪7区から衆院選に出馬したとき安倍が応援にかけつけた際に撮られたものだ。現在、サイトからは安倍とのツーショットは削除されているが、その他の写真はそのまま残っている。

 安倍晋三は11月4日の参議院予算委員会で増木との関係を問われ、「1日200人ぐらいと写真を撮ることもあるのだから、いちいち誰と撮ったか覚えてない。その人物とは親しくない」と答えている。

 高市も稲田も山谷も安倍も、写真問題に関して基本的な返答は同じである。つまり、政治家なのだから写真を求められれば応じざるをえないし、そのときにいちいちそれがどんな人物か確認することもできない、したがってツーショット写真があるからといって関係が深いわけではない、という言い分だ。これは一見、誰でも納得がいきそうな話ではある。「写真ぐらいたいしたことないし、避けようがない」という見方もある。

 しかし本当にそうだろうか。

 たとえば山谷と一緒に写っているメンツに関して言えば、たしかに西村斉と荒巻靖彦は当時全く無名の存在であり、山谷が彼らをどこまで認識していたかはわからない。増木の弟子の若手の一人ぐらいの認識だったかもしれない。彼らの名前を一躍有名にした朝鮮学校襲撃事件もまだ起きていない。しかし西村や荒巻とはちがい、増木は当時も無名な存在ではなかった。少なくとも、講演会を終えた山谷に滞在先のホテルで会うことができるぐらいの関係だったのだ。繰り返すが、この当時増木は「在特会関西支部長」である。

 そして増木本人がウェブサイトに記載した写真キャプションによれば、安倍晋三もまた増木に会うのは初めてではなく、だからこそ「覚えて」いたわけである。増木が選挙応援中にたまたま遭遇した自民党支持者というわけではなかったことは、増木のもう一つの肩書を見れば想像がつくのではないだろうか。増木は、「救う会大阪」の代表者だったのだ。

 そもそも安倍晋三の現在の絶大な人気は、2002年の拉致被害者5人の帰国の際に北朝鮮に対して強硬姿勢を打ち出したことに始まっている。当初の北朝鮮との合意ではこれは一時帰国扱いであり、5人は日本にしばらく滞在したあと北朝鮮に戻ることになっていたが、当時官房副長官だった安倍は北朝鮮に戻すことに強硬に反対し、5人をそのまま日本に留めておいたのだった(この判断自体は私も正しいと思う)。このときから、安倍は拉致被害者奪還のために献身的に、強い姿勢で臨む政治家として、拉致被害者救出運動に携わる人びとから絶対的な支持を得るようになった。しかしひとつ問題があった。救う会をはじめとした運動体は、保守から右翼、排外主義者、そしてときにヤクザまでが入り混じった状態だったのである。

 増木は現在も「救う会大阪」の代表だが、この組織はいわゆる救う会、すなわち「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」とは別組織である。2006年に全国協議会から除名され、独立した運動体となっているのだ。2004年ごろから各地の救う会内部にヤクザが入り込んだり、資金の流れの不透明さが問題になり、一部の地方組織が全国協議会から離脱、あるいは除名された。救う会大阪もそうした組織のひとつであった。

 全国協議会から離脱したあとも救う会大阪はそのまま活動をつづけた。在特会や主権回復を目指す会、あるいはネオナチ運動を古くからやってきた瀬戸弘幸など、いわゆる「行動する保守」と活動をともにするようになり、次第に排外主義的な色彩を強めていく。2009年の4月、増木は小学校の女性校長を脅したとして暴力行為法違反容疑で逮捕された。在特会はこの逮捕を理由に増木を関西支部長から解任する。

 増木はその後、在特会や桜井誠に対して「ヘイトスピーチがひどい」ということを理由に批判的なスタンスを取るようになる。しかし、そもそも昨年大きな問題になった大阪・鶴橋でのヘイトデモの原型は、2009年7月18日に増木が鶴橋で行った「許していいのか、北朝鮮の横暴!」というデモと署名活動にあるのだ。彼が安倍晋三とツーショット写真を撮るひと月ほど前のことである。

 このデモのチラシには大きな文字で「在日北朝鮮のメッカ、鶴橋で大デモ行進決行!!」と煽り文句が書かれていた。「拉致被害者救出」の大義名分を隠れ蓑に、鶴橋や新大久保といったコリアンの集住地域で、拉致に直接関係のない在日朝鮮・韓国人にヘイトスピーチをぶつけるという、今も頻繁に見られるヘイト・デモのスタイルはこのときに始まったのだった。増木は現在「ヘイトスピーチなどやっていない」と弁明するが、このとき鶴橋では拡声器から「劣悪な朝鮮人」という言葉が大音量で流れていたのである。一般の在日朝鮮人へのヘイトと拉致被害者救出運動は本来なんの関係もないはずだが、その2つは安倍への熱狂的な支持を媒介に結びついていたといってもいい。

 国家公安委員長・拉致問題担当大臣の山谷えり子は「週刊文春」の取材に答えて「何ですか?ザイトクカイって」「どういう字を書くんですか?ザイトクカイって」とトボけたという。しかし山谷と増木の関係は、安倍晋三どころではない。彼女は増木が立ち上げたNPO法人「教育再生・地方議員百人と市民の会」の顧問として、松原仁や西田昌司、佐藤正久らとともに名を連ねているのだ。

 このように、安倍にしろ山谷にしろ、彼らが増木と写っている写真は、たまたまファンに声をかけられて写真撮影に応じたという性質のものとはだいぶ違う。増木が山谷に近づいたのも、安倍に近づいたのも、それなりの経緯と理由がちゃんとあるのだ。

 前回の記事で、安倍ネトウヨ内閣は単にネット右翼やレイシストに媚びたものなのではなく、彼らの思想が政権中枢に深くフィードバックした結果生まれたものだということを説明したが、こうした写真ひとつとってみても、そこに写し出されているのは保守思想と排外主義思想が長年にわたって共鳴し合い、交錯し、融合したその結果なのである。

 在特会のヘイトスピーチが大きな社会問題になるにつれ、「正論」的保守はこれを自分たちから切り離そうと必死にあがいているようにも見える。しかしながら、在特会の問題は言葉遣いの汚さや品位の問題ではないという根本的なことがわかっていないため、結局のところ同じ穴のムジナであることを露呈してしまうのだ。すでに保守全体が、レイシズムと極右排外主義に汚染されつくしているのである。

 次回はさらに歴史を遡って、この記事の冒頭で触れたネオナチ思想がどのように現在の保守政治家と交錯してきたかを見てみようと思う。
(野間易通)


■野間易通プロフィール
1966年生まれ。フリー編集者。首都圏の反原発運動を経て、2013年1月に「レイシストをしばき隊」を結成。排外デモへのカウンター行動の先陣を切る。13年9月にしばき隊を発展的に解散。新たに反レイシスト行動集団「C.R.A.C.」(Counter-Racist Action Collective)として活動を続ける。著書に『金曜官邸前抗議』『「在日特権」の虚構』(ともに河出書房新社)などがある。