2014年のテニス界に旋風を巻き起こした錦織圭。今年の始めに、「世界トップ10に入るのが目標」と語っていた24歳の若者は、大舞台で何度もトッププレイヤーたちと互角の戦いを演じ、ついには「世界ランキング5位」まで登りつめた。今年1年間で、錦織の何が変わったのか――。元プロテニスプレイヤーの神尾米氏に今シーズンを振り返ってもらった。

■元プロテニスプレイヤーが見た「2014年の錦織圭」(前編)

 錦織圭選手の今季の活躍に関しては、もう、驚きしかないです。こんな日本人選手が出てくるとは、正直思っていませんでしたから。女子の世界では、かつて(クルム)伊達さんが世界の4位まで行けることを示してくれましたが、男子であそこまで行けるというのは、想像すら及びませんでした。

 錦織選手が16〜17歳のころ、ラファエル・ナダル(スペイン)やロジャー・フェデラー(スイス)と練習している姿を見て、その才能は感じていました。「ケイは将来、絶対にトップ10に入ってくるよ」という彼らトッププレイヤーの言葉も耳に入っていたので。もっとも、当時は、「日本のテレビやメディアに向けて、社交辞令を交えて言ってくれているのかな」と思いましたけど(笑)。

 しかしそれらの言葉が、その後も一向に変わらない......。錦織選手が20歳、21歳になっても変わらない。ずっと彼らが「トップ10に入る」と言い続けていたので、「分かる人には分かる何かを、錦織選手は持っているんだろうな」と思っていました。ただ、それでも、グランドスラムの決勝やツアーファイナルズ(※)に行くまでとは想像していませんでしたね。「無理だ」と思っていたのではなく、そもそも、そんな発想すら持ち得ない世界だったんです。

※ツアーファイナルズ=ATPワールドツアーの年間最終戦。1月からの年間レースランキングの上位8選手に出場機会が与えられる。

 過去の日本人のトップ選手と言えば、私が現役だった時代(1990年〜1997年)には、松岡修造さんがいました。修造さんは頑張って世界46位まで行ったのですが、彼には大きな体格(188センチ)と、世界でもトップレベルの速いサーブがありました。「あの体格とサーブがあれば、日本人でもあそこまで行けるのか......」という希望は、修造さんが与えてくれたと思います。ただその後は、修造さんほど体格のある日本人男子選手は出てこず、他の選手もみんな頑張っていたけれど、最終的には海外選手のパワーに負けてしまうシーンを多く見てきました。だから、「日本人が持つ粘りだけでは、男子の世界で互角に戦うのは難しいのかな」と感じましたし、「修造さんは特別だったんだな」という雰囲気にもなっていたと思います。そんな既成概念を、錦織選手が変えてくれました。

 錦織選手があの体格(178センチ)で世界と戦える一番の要因は、フットワークだと思っています。錦織選手のフットワークは、他の選手のモノとは全然違います。錦織選手のすごさはいろいろありますが、すべてのベースにあのフットワークがあると思います。軽さもあれば、力強さもある――。そのフットワークの「コントロール」がすごいんです。

 例えば、現役のころの私は、「力で走るタイプ」でした。力でしっかり止まり、また力で走り出して......というフットワークだったので、ハードコートが好きだったんです。しかし、クレー(土)コートでは踏んばろうとするとズルズルと滑ってしまうので、それだけで気分が滅入っていました。

 しかし、錦織選手のフットワークは、ハードで力強さも出せれば、クレーコートで柔らかさも出せる。どのサーフェスでも、フットワークでコントロールできていると思います。これはきっと、自分で意識しているというより、天性のモノではないでしょうか。力強く守るとき、少しリラックスして力を抜いているとき、そしてメチャメチャ回転数を上げて速く走るとき......。その使い分けが、本当に素晴らしい。ラケットさばきの魔術師というより、「動き方の魔術師」という感じです。

 錦織選手に近いフットワークの選手を挙げるとするならば、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)でしょうか。ジョコビッチの場合は、動きに加えて身体の柔軟性があるので、開脚して守ったりする場面がよく見られます。ただ、錦織選手のあの足さばきは、やはり彼特有のモノだと思います。

 錦織選手の場合は、すべてのベースにフットワークがあり、その上にコートを広く自在に使う能力があります。試合を見ていても、「えっ、そこでドロップショット?」と驚かされたり、「うわぁ、相手が嫌がる回転のスライスショットを打つな〜」と唸らされたり......。相手を翻弄する場面や、ショットの使いどころなど、そのセンスは抜群だと思います。

 また、今年に入ってから特に強化された点として、「サーブ」と「フォアハンド」が挙げられると思います。マイケル・チャンさんがコーチについて、そこが一番力を入れた点だとも聞きました。

 実際に彼の試合を見てみると、確かにサーブも良いのですが、その後の攻め方がものすごく変わってきました。サーブを打った後に返ってきたボールに対し、フォアでいきなりウイナーを狙うという攻め方は、今まであまりしていなかったと思います。今までの錦織選手は、ストロークで何球かしっかりと組み立てる手段をとっていましたし、彼の場合は足が速いので、それができてしまった部分もありました。それが今は、展開のスピードも含めて、攻撃力が大きくなったように感じます。

 速く攻めようとする動きは、実はすごく慌ててしまう弊害もあるんです。サーブを打った後は一旦、落ち着く時間が欲しいものなんですよね。ですから、普通はすぐに攻めようと思っても、タイミングが合わなかったりします。しかし、錦織選手はすぐに攻められるように動いている。それは、気持ちの面が攻撃的に保てており、自信がついている証(あかし)だろうと思います。

 このような速い攻撃パターンは、きっとこれまでにもコーチから言われてきたでしょうし、練習でやってきたと思います。ただ今は、それを試合でできるようになった。それが、すごく大きい。錦織選手自身も、「トップに勝つにはこの攻め方なんだ」と感じ、コーチから言われたことと、自分が必要だと思っていることがガッチリと合っているのだと思います。

 そのコーチであるマイケル・チャンさんとの練習を見ていると、本当にしつこいぐらいに反復練習をしています。この前も繰り返し、繰り返し、何十球も同じボールをフォアで打たせていました。まずはフォアの深いところ、次に浅いところ、その次はまた深いところ......というように。それも、「もっと振り抜け! もっと攻撃力を上げられるぞ!」と、常にチャン・コーチに声を掛けられながら。きっとチャン・コーチの目には、錦織選手のフォアからの攻撃はまだ足らないと映っていたのでしょう。「すごく良いモノを持っているのに、なんでもっと攻撃的に行かないの?」と思っていたのではないでしょうか。

 そのようなチャン・コーチの指導と、練習、そして試合でのプレイが、今年すべて結果となって表れました。これは選手にとってすごく自信になりますし、スタッフへの信頼も生まれます。もちろん、今季も負けた試合はあったし、良い事ばかりではなかったと思います。ただ、そのようなときでも、コーチやスタッフたちがうまく盛り上げながら戦ってきたのでしょう。今、錦織選手の周囲には、すごく良いチームが作れていると感じます。

(後編に続く)

【profile】
神尾米(かみお・よね)
1971年11月22日、神奈川県横浜市生まれ。母の影響で10歳からテニスを始め、東海大学付属相模高校卒業後の1990年にプロ転向。1992年の全豪オープンを皮切りにグランドスラムで活躍。1995年にはWTAツアーランキング24位まで登りつめるが、肩の故障により1997年2月の全日本室内テニス選手権の優勝を最後に25歳の若さで引退。現在はブリヂストンスポーツのイベントで全国を回るかたわら、プロ選手やジュニアの育成に携わっている。WOWOW解説者。

内田暁●構成 text by Uchida Akatsuki