木田優夫/石川ミリオンスターズGM。1968年9月12日生まれ。東京都出身。1987年、日大明誠高校からドラフト1位で読売ジャイアンツに入団。98年、トレードでオリックス・ブルーウェーブに移籍。同年10月にFA宣言し、日本人8人目のメジャーリーガーとしてデトロイト・タイガースに入団。その後も、オリックス復帰(00〜01)、ロサンゼルス・ドジャース(03〜04)、シアトル・マリナーズ(04〜05)、東京ヤクルトスワローズ(06〜09)、北海道日本ハムファイターズ(10〜12)と、日米7球団を渡り歩く。2013年からは、日本の独立リーグ・BCリーグの石川ミリオンスターズに所属し、「投手兼営業」「投手兼GM」の肩書きでプレー。2014年限りで現役を引退した。

写真拡大

今年もたくさんのプロ野球選手がユニフォームを脱いだ。まだ来季の契約が叶わず、年内いっぱいオファーを待ちたいという選手もいる中、8月末にいち早く現役引退を表明したのが独立リーグでプレーしていた木田優夫だった。日本4球団(巨人、オリックス、ヤクルト、日本ハム)、アメリカ3球団(デトロイト・タイガース、ロサンゼルス・ドジャース、シアトル・マリナーズ)でプレーした木田が、独立リーグだからこそ経験できたことは何かを聞いた。

《「投手兼GM」として、自チームに課したこと》

─── 木田さんといえば、2013年からはBCリーグの石川ミリオンスターズに所属し、1年目は「投手兼営業」、2年目は「投手兼GM」という肩書きでプレーを続けたことでも話題となりました。この「GM」というポジションは、木田さん発案だったんですか?

木田 発案というか、今年もミリオンスターズでプレーすることが決まったときに、1年目が「投手兼営業」で、じゃあ2年目も同じことをやっていたら誰も興味を持たないだろう……というか、新聞のネタにもならないだろうと。

─── 営業目線!

木田 じゃあ違うことやろうということで。そうなったときに、去年1年間やってみた中で、チームとして選手を、NPBやMLBに送り込むためにはどうしたらいいか。そのためにチームがどう動いていかなきゃいけないのかっていうことをもう一回考えなおそうっていうことで、じゃあそれが言える立場ってなんだろうと考えたときに、「GMかなぁ……」と。あとは、過去にもBCリーグには、新潟(アルビレックス)時代の高津(臣吾)やうちの森慎二など「選手兼監督」の例はいくつかあったんですが、「選手兼GM」はない。というか普通ありえない、ということで、じゃあやっちゃいましょうか、と(笑)。

─── そのGMの肩書きを得たからこそできたことや感じたことは何かありますか?

木田 そうですね……去年よりも選手の練習とか、それこそ監督やコーチの動きとかも見なきゃいけない。自分の練習だけじゃなく、まわりの練習を見るっていう経験は初めてだったので、そこでいろんなことに氣付く、氣付かされることは多かったです。

─── たとえば?

木田 一番大きかったのは、独立リーグだからこその「覚悟」を感じながら練習できているかどうか。たとえば、NPBの二軍だったら、極端なことを言えば室内練習場は24時間いつでも使える。ウェイト場にもいつでも行ける、という環境が整っている球団がほとんど。でも独立リーグの場合はそうじゃない。雨が降っても室内練習場は使えず、1日ほとんど練習ができない、みたいなことがよくある環境です。そんな状況で休んでる暇なんてないだろうと、去年は毎週1回休みがありましたがそこも練習日に切り替えました。結果的に今年は休みが月に2日ぐらい。選手、監督、コーチ、トレーナーは、ひょっとしたらきつかったかもしれません。でも、その辺の意識から変えてくれればいいなと思って取り組んできました。

─── 実際、それが今季の北陸地区後期優勝に繋がった部分もあるんでしょうか?

木田 ピッチャーでは、前期にゲームを作れなかった選手がゲームを作れるようになったりとか、前期ヒットが出なかった選手が後期は打てるようになったりと、数字を上げた選手は何人かいました。そういう選手っていうのは、やっぱり見ていて自分で課題を持ちながら練習に取り組んでいた選手たちなんですね。

─── じゃあ、ちゃんと成果として出ていたと。

木田 ただ、今年の目標だった「NPBに選手を送り込む」ということは結局できなかったので、その点は残念ですね。優勝することよりも、本当の目標はそこだ! と言ってやってきたので。去年だって、独立リーグ日本一にはなりましたけど、その日本一のチームからは誰もNPBに進めず、他の独立リーグのチームからは何名か選ばれた。それが悔しかったし、今年もまた同じ悔しさを味わった1年になってしまったなというのはあります。

《「明石家さんま1日限定コーチ」就任の舞台裏》

選手をNPBに送り出すこと。そして、チームの露出を増やし、地域に親しまれる存在にすること。この2つを目標にシーズンに臨んだ今季。上述したとおり、NPBへの輩出は叶わなかったが、チームの露出、という部分では大きな成果を残すことができた。ハイライトはなんといっても自身の引退試合の前日、9月13日に行われた「明石家さんま一日限定コーチ就任」だ。当日はBCリーグ新記録となる1万5877人の観客が球場につめかけた。

─── あの「明石家さんま1日コーチ」は、木田さんが直接お願いされたんでしょうか?

木田 そうですね。電話で直接「うちと契約してコーチやってください」と。

─── さんまさんの反応は?

木田 「何したらいいんだ?」と言われたので、「もう好きにやってください」と。でも、ひとつだけ明確にお願いしたことがあるんです。最終回に僕が登板するときにさんまさんもマウンドに来て、僕は“さんまコーチ”からボールをもらってリリーフを務める、というもの。ところがあの日、途中から天氣が崩れて、一時試合も中断するほどの雨が降ったんです。そのまま中止になったら、僕の思い描いていたシーンができないじゃないですか。そうしたらさんまさんが、「木田、このまま雨降っておまえ投げずに終わったら、それが一番楽しいな」って(笑)。

─── さんまさんらしい(笑)

木田 あれが一番、あの日刺さった印象的な言葉です(笑)。さんまさん、「おまえの人生そんなもんやろ」って言ったなあ……それを言われたとき、「あぁ、そうかもなぁ」と思いながらも、でも投げたいなぁと。

─── 球団Facebookに、試合後、ユニフォームを脱ぎながら二人で談笑する木田さんとさんまさんの写真がアップされていました。二人の関係性の深さを感じさせるというか、とても味わいのある写真で。どんな会話をしたか覚えていますか?

木田 いやぁ……終わってからはもう「ありがとうございました」しか言ってないような氣がしますね。僕からお願いしたことではあるんですが、あんな濃密な1日になるとは思ってもいなかったので。当初は、試合前にちょっとだけ挨拶してもらって、試合途中にもちょこっと顔を出してもらって、最後、マウンドに来てもらうっていうのだけやってもらえれば、と思っていたくらいなので。

─── でも、それで収まるはずもなく。

木田 そうですね。さすがというかやっぱりというか、試合前も試合中も、そして試合後も一番目立っていたのがさんまさんだったんじゃないですかね。ベンチで一番声を出していたのもさんまさんだったし。あとは、ファン目線がスゴいというか徹底されているというか。試合終了後に球場をみんなで一周したんですけど、それも当初は予定になくて、さんまさんから「せっかくたくさんのお客さんに来て頂いたんだから一周まわろう」と言ってもらえて。

─── 動画で見ましたが、とてもいい光景でした。

木田 エンターテイメントの世界、ファンサービスの世界で生きている人っていうのは、やっぱりそういう氣持ちや考え方が徹底されているんだなぁと勉強になりました。ああいうファン目線を持っていないと芸能界では生きていけないんだろうし、その部分は特に独立リーグの人は感じなきゃいけないんじゃないかな、と思っています。

─── そういう、自由な企画ができるのも、独立リーグらしさなのかな、と感じたのですが。

木田 でも、独立リーグの人間がみんなそういうマインドになっているかというとそうでもない。今年でいうと、試合前の選手紹介やイベントも僕が喋ったりとか、試合中にお客さんも交えたイベントをして宿泊券が当たるとか、いろんな企画をしてきました。それができたのは、元々うちの球団社長(瑞保聡)自身が、アメリカのメジャーリーグやマイナーリーグが好きで、アメリカに何度も野球を観に行ったりしていた人間だから、というのが大きい。独立リーグが「ただ野球をやってますから観に来てください」とやってもそんな簡単な話じゃないだろう、というところから始まっているので。

─── 木田さん自身も、日本、そしてアメリカのさまざまな球団でプレーを続けてきた経験があるからこそ、そこに共感できたんでしょうか?

木田 ひょっとしたら、日本のプロ野球の中だけでやってきた選手は、やっぱり「野球やってますから観に来てください」と考えるのが普通の感覚かもしれないですね。僕の場合はまあ、アメリカに行ってもどちらかというとマイナー生活のほうが長かったおかげで、いろんなことを見ることができましたからね。そこはうちの球団社長と同じ感覚を共有できたんだと思います。その、象徴的な企画が、さんまさんの1日コーチだったわけです。

ここで取り上げた話題以外にも、BCリーグでの思い出、そして日米の野球人生のなかで忘れられない試合や打者、監督についてのエピソード、そしてこれからのことなどもたっぷり語ってもらった。この続きは、毎週火曜日更新のスマホサイト『週刊野球太郎』で連載中の木田優夫インタビュー「僕の野球人生はこれからも続く」で。
(オグマナオト)