日銀の歴史を覆す発表方法で政策を変更

日銀が政策を変更する場合、まず景気や物価に対する公式見解を変えるのが昭和時代からの伝統的な手法だ。金融緩和前には「景気の先行きが不安視される」、引き締めが必要なら「物価上昇には注意したい」などとして市場の反応をうかがうのだ。

このため、10月末の金融政策決定会合でも、景気や物価の先行き予想を示す「展望レポート」で物価見通しだけを下方修正し、緩和決定は11月以降に持ち越されるとの見方が大半だった。

しかし、日銀は今回、あえて「予告主義」の前例を破った。黒田総裁は10月28日の参院財政金融委員会に出席し、日本経済は2%の物価目標達成に向けて順調に道筋をたどっているとの従来見解を披露している。その3日後の緩和決定なので、「日銀について詳しい投資家ほど読み違えた」(大手証券)と、恨み節が聞かれるのも当然だろう。

ただ、日銀にとって緩和のタイミングは10月末しかなかった。11月に発表される7 〜9月の国内総生産を見てからだと、政策対応の遅れを批判されかねない。緩和決定の1日前には米国FRB(連邦準備制度理事会)が金融緩和の終了を宣言しており、日米金利差拡大で円安が加速する下地ができたばかりの好タイミングだった。

(植草まさし)

この記事は「ネットマネー2015年1月号」に掲載されたものです。