署名サイト「Change.org」より

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 アメリカ人ナンパ師、ジュリアン・ブランク。世界各国で高額のナンパセミナーを開き、荒稼ぎしている男。1回のセミナーが30万円近くもする時点で、詐欺師が風を切って歩いているとしか思えないのだが、彼が11月中旬に日本で初めてのセミナーを開くことが分かり、一気に注目が高まった。署名サイト「Change.org」で彼の入国を阻止するための署名活動が行われ、5万人を越える賛同者が集まったという。

 女性蔑視に加えてアジア人蔑視の激しいジュリアンは、「日本人女性にはピカチュウなどと言って近づけば自分のものにできる」「白人の男であれば、どんな日本人女性ともすぐにヤレる。首を掴んで自分の股間に当てても日本人女性は笑うだけなんだ!」との放言を吐くトンデモ野郎。CNNのインタビューに「人を傷つけるようなことや恥をかかせるようなことについて、考え直しているところ」と答えたように、形だけの反省をしては各国でナンパセミナーを開きまくっている。結局、日本には入国していないようだが、オーストラリアを国外退去になるなど、ワールドワイドで顰蹙を買っている。

 今回、5万人以上も集まった署名は、日本入国管理局に向けて出されている。日本入国管理局は、この署名およびジュリアンの入国の有無について具体的に言及していないが、都合の悪い人間がやってきたと感じたら入管に訴えてみよう、とする安直な働きかけには違和感がある。犯罪歴があったり、偽造パスポートで来日してディズニーランドに行きたがった金正男のような明らかな事例は直ちに追い返すべきだが、そもそも入管とは「入れないでくれ」という嘆願をぶつけるところではないし、入管が発言や思想によっていちいち入国拒否をしていたら、それは民主主義国家とはいえないだろう。

 だが、最近の入管はそうでもないらしい。9日に羽田空港に降り立った韓国人歌手のイ・スンチョルは、入国を拒否され自国にUターンした。彼は、今年8月に脱北者青年合唱団と共に竹島で公演を行い、南北統一を祈る「その日に」を歌っている。日本側の入国拒否の判断に対し、隣国バッシングに勤しむ人たちから「そんな奴を追い返すのは当然」と喝采が巻き起こった。

 入国拒否から3日後の12日、菅義偉内閣官房長官は記者会見で「入国できなかった理由は、入管法上の上陸拒否事由に該当していたことであって、竹島で歌を歌って発表したとか、そういうこととは関係ない」と発言したものの、これは国際社会で批判にさらされないための建前だろう。イ・スンチョル側は「急に別室に連れて行かれた。理由を聞いたら『最近メディアに出ていた件で』と言われた」と竹島上陸が入国拒否の理由となったことをほのめかしている。また、彼はこの際、4時間にわたって足止めされていたというが、おそらくその間に法務省、官邸まで話が上がり、入国拒否という判断が下された可能性は非常に高い。

 官民の両方から高まっている恣意的な入国拒否の動き。奇しくもこのタイミングで法務省が、入国時の顔認証システムを早ければ2017年度中に導入する方針を明らかにした。これは、パスポートに内蔵されたICチップに保存された顔のデータとゲートで撮影する画像を照らし合わせるシステムだ。まずは日本人のみが対象となり、自動化によって浮いた人員を、外国人の入国手続きにまわす方針だという。

 2020年東京五輪に向けた措置でもある。今年の夏に羽田空港と成田空港で実験を行ったところ、5社のうち精度の高い2社で、ミスが0.26%と0.54%だったので実用化に踏み切りたいとした。0.26%とは、1000人に2人か3人はミスが生じるということ。認証できない場合はこれまでの通例通り空港職員による審査になるのだろう。長時間フライトで疲れ果てた後に入国審査の長蛇の列に並ばされる煩わしさから開放されるのは吉報だが、この手のデジタル化による業務の簡略が急がれる時に、放られがちなのが個人情報の問題。

 日本弁護士連合会・編著『デジタル社会のプライバシー』(航思社)によると、アメリカやイギリスの空港では顔認証だけではなく、全身が裸のイメージ画像になって映し出される「ミリ波レントゲンによる全身スキャナー」の導入が薦められているそうで、国連の人権問題特別調査官は「防止策として効果が薄い上にプライバシーに踏み込みすぎだと述べ、個人の権利の侵害だとの見解」を示したという。なにせヒースロー空港では人気俳優のイメージ裸画像が空港職員内で出回るという事件まで起きたそう。

 これを海外の珍事として済ませてはいけない。大量の個人情報を取り扱う、より公的な立場の人間が善人ばかりとは限らない。2011年には、東京メトロ社員がPASMOの履歴データを取得して、女性客の乗車履歴をネットの掲示板に掲載、ストーカー行為を行い解雇処分を受けた、というような事例まで起きている。この事件を受けて対応は変わったようだが、それまでは改札口にいる職員が顧客データを自由閲覧できていたというのだから恐ろしい。

 あまり話題にならなかったが、今年の頭には、指紋情報を日米間で相互提供する法案「PCSC協定」が閣議決定されている。これは日本の警察庁が管理する約1000万人の指紋情報をアメリカが、アメリカのFBIと国土安全保障省が管理する約7000万人の指紋情報を日本が、それぞれオンライン上で照会できるシステムだ。この法案を記した日米重大犯罪防止対処協定の発表資料には、「事前の要請がない場合においても」「実行されたと信ずるに足りる理由があるとき」といった、解釈次第で適用範囲を拡張できる文面が散見される。警察庁が1000万人の指紋情報を持っているというのも驚きだが、特定秘密保護法と同様に、この文面を活かして解釈をその都度変えて指紋を自由に行き来させるのだろう。

 見る見るうちに、監視カメラ・指紋・顔認証など個人への監視網は強まっていくが、どれもいまいち関心が高まっていかないのは、むしろ、「監視されている」を「見守ってくれている」とポジティブに変換する国民が増えているから。ジャーナリスト・青木理の著書『青木理の抵抗の視線』(トランスビュー)には、警視庁が「民間業者が設置している防犯カメラの映像と警視庁が所有する手配被疑者らの画像を自動照合するシステムの試験運用を始めた」との指摘がなされているが、監視カメラについての意識調査では8割を超える人が肯定的に捉えていることからもこの動きも広がるだろう。「せめて運用のルールや歯止めの手段ぐらいは明確にしておかねば、監視網は際限なく拡大しかねない」という指摘に耳を傾ける人は少ない。

 監視されることを歓迎する一方で、気に入らないヤツは日本に入れないで欲しいと国に嘆願する......鎖国化を求めるかのような空気すら漂う。ナンパ師・ジュリアンなんて大迷惑な男は日本に入って来て欲しくもないが、「来て欲しくない人を国に食い止めてもらおう」という判断は、諸手を挙げて監視社会を容認していく態度表明のようなもの。いい加減、幼児的なパラサイトナショナリズムから卒業しないと、いつのまにか国家の奴隷にされていた、なんていう結末になりかねないと思うのだが......。
(高田ドリアン)