サンアントニオ・スパーズのヘッドコーチ(HC)、グレッグ・ポポビッチが求める水準は高い。それは、スパーズの選手に対しても、趣味のワインに対しても、そして毎日のようにどうしようもない質問を投げかけてくる記者たちに対しても......。

 たとえば、記者の質問に呆(あき)れたときは、答えの代わりにこんなコメントが返ってくる。

「まったく、君は一晩寝ずにその質問を考えたのか?」「みんな、こういう質問をして給料をもらっているのか?」

 ポポビッチの取材現場では、よくある光景だ。しかし、ベテラン記者も慣れたもので、「そうですよ。給料は安いですけれどね」と答え、すると、ポポビッチは苦笑しながら、「安いのか、それじゃ仕方ないな」と同情したような素振りを見せたりする。厳しい一方で、人間味もあるのだ。

 そんなポポビッチが、「これ以上にないぐらいの水準」だと唸(うな)ったのが、2014年NBAファイナル最後の3試合での、スパーズ選手たちのプレイだった。第3戦、第4戦、第5戦で、スパーズの選手は攻守でお互いに助け合い、パスをすべきときにパスを出し、ディフェンスでも素晴らしいローテーションを見せ、ポポビッチが求めてきた理想のバスケットボールを体現した。その結果、マイアミ・ヒートを圧倒して優勝を決めた。

 夏の間、ポポビッチはその3試合の映像を改めて見直したという。たとえ勝った試合でも、悪かったところを探してしまうのがコーチという生き物なのだが、このときばかりは違った。見れば見るほど、惚れ惚れとする戦いぶりだったのだ。

「『彼らは誰だ? 誰がコーチだ? どこから来たんだ?』と思いながら見ていた。それまで私たちは、連続してああいう試合を見せたことはなかった。まったく一度もなかったんだ」と、ポポビッチは感嘆する。

「時間が経つにつれて、あの素晴らしさに感謝する気持ちが強くなってきている」

 それだけ素晴らしいバスケットボールを見せたスパーズは、オフの間もフリーエージェントになった選手と再契約し、ルーキーをひとり加えただけの「ほぼ同じチーム」で、今シーズンに挑む。スパーズが狙うのは、これまで5回優勝(1999年・2003年・2005年・2007年・2014年)していながら、一度も成し遂げたことがない連覇......と思いきや、ポポビッチいわく、「連覇は今シーズンの目標ではない」という。

 1年前のポポビッチは、2013年のファイナルで敗れた悔しさを選手たちに思い出させ、「NBA制覇」というキーワードをモチベーションの源(みなもと)として使っていた。しかし今シーズンは、それで選手たちを駆り立てるつもりはないようだ。ベテラン選手たちからは連覇を狙うコメントもあるのだが、ポポビッチはむしろ、選手たちのそういった気持ちを抑えようとしているかのようだ。

「選手たちの頭の片隅には、連覇したいという思いがあるだろう。でも、それは私たちの『マントラ(※)』ではない。『自分たちのレガシー(遺産)にかかわる』とか、『連覇しないとグレートチームではない』ということでもない。そういう訳の分からない戯言(ざれごと)とは、私たちは無縁だ」

※マントラ=古代から中世にかけてアジアで用いられていた言語「サンスクリット」で、「文字」や「言葉」を意味する。

 さらに、こうも言う。

「昨シーズンのメンバーがみんな戻ってきて、私たちはいつもと同じように、最善を尽くすだけ――。その結果、プレイオフの1回戦で負けるか、2回戦で負けるか、カンファレンス・ファイナルで負けるか、最後まで勝ち続けるのか、誰にも分からない。連覇すれば素晴らしいことだが、しなくても人生は続く」

 なぜポポビッチは、連覇を今シーズンの目標としないのだろうか。ただでさえ、対戦相手から毎試合、標的とされる中、チームにかかるプレッシャーを少しでも減らそうとしているのだろうか?

 それもあるかもしれない。ただ、それと同時にポポビッチは、連覇という言葉の響きからくる、「前のシーズンからの継続」というイメージを崩したいのではないだろうか。「前のシーズンにできたことは、今シーズンも最初からできて当たり前」と周囲は思いがちだが、そうでないことをポポビッチは長年の経験で知っている。

「昨シーズンの終わりに私たちは、オフェンスでも、ディフェンスでも、なかなかいいバスケットボールチームになることができた。それと同じことをまたできるのなら、それが優勝するために十分かどうかにかかわらず、私は喜んで受け入れる。ただ、あれより向上することはできないと思っているからね。我々は同じチームで、選手たちもさらに年齢を重ねている。去年やったことより、向上することはできない。

 だからこそ、私たちの目標は、階段を飛ばすことなく最初から積み上げ、去年と同じレベルに到達することだ。今年はそういうアプローチでやっている」

 頂点を経験したチームであっても、また最初から積み上げ直す意識でないといけないというわけだ。ポポビッチらしい考え方だ。

 となると、今シーズンの一番の懸念材料は、優勝したことからくる気の緩みだろうか? しかし、意外なことに、ポポビッチはそれを否定した。

「(選手の気の緩みを)私は心配していない。だって、それが当たり前のことだと知っているからね。中には今日、まだ優勝の余韻を楽しんでいる選手がいるかもしれない。ただ、私たちは人間なのだから、それは不思議のないことだ。そのことに抗(あがら)うのは時間の無駄。前に進んでいくうちに、自然に収まってくるものだと思っている」

 ムチを打ち、厳しい水準を求めるかと思えば、気の緩みを自然なことだと受け入れる。ポポビッチ流のチーム操縦論は、思っていた以上に奥が深い――。

宮地陽子●文 text by Miyaji Yoko