人生に役立つ勝負師の作法 武豊

わずかな選択ミスが勝敗をわける

トップ選手8人だけに許された男子テニスATPツアー・ファイナルの準決勝。

世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ選手に挑んだ錦織圭選手は、ゲームカウント1−2で敗れました。

1セット目は、「こてんぱんにやられた」というほどの完敗(6−1)。それでも2セット目を3−6で取り返し、深夜、思わずテレビの前で、ガッツポーズをした人は多いと思います。

迎えたファイナルセットの第1ゲーム。ジョコビッチのサービスで40−15とダブルブレイクポイントを挙げながら、そこからミスをしてこのゲームを取れなかったことが大きな敗因になったようです。

『世界王者を追い詰めた錦織』

『錦織、最後の最後に力尽きる』

『錦織、王者から1セットを奪う』

『錦織、大善戦!』

翌日の新聞、ネットにはこんな見出しが踊っていました。

「あと一歩……」

しかし、この一歩がどれだけ遠く、どれだけシンドイかを知っているのは錦織選手だけでしょう。

「悔しい。敗因は、自分のテニスを変えてしまったことです」

きっとこの先、この言葉を思い出しては、何度も、何度も、悔しさを噛みしめることだろうと思います。

僕自身、こんな経験を味わったのは一度や二度ではありません。2007年、メイショウサムソンとともに挑んだG機屮献礇僖鵐ップ」もそんなレースのひとつです。

この年、「凱旋門賞」挑戦という大いなる野望を馬インフルエンザの流行によって断念。ターゲットを国内の古馬三冠に変更し、初戦「天皇賞・秋」を快勝して臨んだのが、この「ジャパンカップ」でした。

中が嫌だったから外に出したものの…

この年のダービー馬、ウオッカ。「ドバイDF」を制したアドマイヤムーン。

「メルボルンC」の優勝馬、デルタブルース……数多くのライバルを抑え、圧倒的な1番人気に支持されたことが、僕の気持ちを高ぶらせたのでしょう。勝負どころの4コーナーで、内を突いた「天皇賞・秋」とは逆にロスを覚悟の上で、サムソンを外に持ちだしました。

この日の東京競馬場は、馬場の内が荒れていたのは事実です。

有力馬が内に殺到し、ゴチャついてコースを塞がれるのが何よりも嫌だったというのもあります。しかし結果的に、この内と外の差が、レースの結果に直結。

メイショウサムソンは3着に敗れてしまいました。敗因は、力負けではなく、僕の選択ミスによる負けでした。あのときのことを思い出すたびに、今も悔しさが込み上げてきます。あれから7年。今週末、同じ東京競馬場を舞台に、「ジャパンカップ」が行われます。

僕のパートナーは6歳になってから本格化してきたヒットザターゲット。実績ではライバルたちに劣りますが、迷わず、思い切って、大胆にすることによって道は開け、大きな仕事が成し遂げられるような気がします。

■武豊 プロフィール

1969年3月15日、京都生まれ。1987年の騎手デビュー以後、通算3500勝、日本人騎手初の海外GI制覇、年間200勝突破など数々の金字塔を打ち立て、現在も活躍中。