『ラブスター博士の最後の発見 (創元SF文庫)』アンドリ・S・マグナソン 東京創元社

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 フィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞した作品。なぜかこの賞はここ数年、正式受賞作よりも特別賞のほうが評判で、「特別賞っていうだけあってトクベツだなあ。トンがっているなあ」との印象がある。選考システム上はそういう意味づけはまったくないのだけど。ちなみに、英訳された伊藤計劃『ハーモニー』が2010年、おなじく円城塔『Self-Reference Engine』が13年の特別賞受賞作で、『ラブスター博士の最後の発見』は12年だからそのあいだに挟まっている(11年はロバート・ジャクソン・ベネット『カンパニー・マン』)。しかも、これも英訳での受賞でもとはアイスランド語で書かれている。

 どれほど珍しいSFだろうとワクワクしながらページをめくり、その期待はハズレなかったのだけど、伊藤計劃や円城塔とは逆の珍しさだった。新奇さへの驚きではなく、「いまの時代にコレか」と意表を突かれたかんじ。ロバート・シェクリイあたりの50年代SFのテイストなのだ。中心にあるテーマは自由意志や愛の根拠であり、物語のなりゆきには人間の情緒すら産業化してしまう現代への痛烈な風刺がこめられている。すべての起点となるのが天才科学者の発見・発明----このオールド・ファッションドな展開もなかなか楽しい。

 その天才科学者はラブスター博士と呼ばれているが、これは通り名だ(本名はオルヴァル・アゥルトゥナソン)。ラブスターはもともと研究組織の名称であり、博士はその主導者である。彼らは生物のテレパシー的な交信を解明し、これを人間に応用する手段を確立した。コードレス人間の誕生である。さらにラブスター博士はこの技術を発展させて、幸せな結婚を保証するテクノロジー「インラブ」を実現する。人びとが発する信号を登録・管理し、そのなかで最高の相性を探しだすのだ。

 さて、ここでひと組のバカップルが登場する。彼の名はインドリディ、彼女の名はシグリッド。ふたりはなるべく長くいちゃいちゃすることを優先して才能が活かせるキャリアさえ棒に振る。将来のことも考えないし、親の忠告にも耳を貸さない。しかし、そんな恋人たちに「インラブ」が冷水を浴びせかける。シグリッドにとって運命の相手はペル・ムラという男だ。シグリッドとインドリディの愛はかりそめにすぎず、いずれは不幸が訪れる。

「インラブ」そのものは人種的偏見や目先の損得とはまったく無縁のシステムであり、これが成しとげる愛のベストマッチは、やがて人類全体の幸福に寄与する。その理想を前提にしたとき、いま自分たちが感じているこの愛は無効なのか? この小説が面白いのはちょっと皮肉っぽく、突き放した書きかたをしているところだ。「インラブ」が実現する幸福はなんだかうさんくさいし、恋人たちの刹那の愛情もまあ勝手にすればよろしい。

 ラブスターが企画している新ビジネスがもうひとつある。「ラブデス」なる宇宙葬だ。技術的にみれば遺体を打ち上げて大気圏で燃やすだけのことだが、マーケティング面に仕掛けをこらしており、「愛する人を土中に葬るなんて耐えられますか?」的なキャンペーンを展開している。こうしたトレンド創出で暗躍しているのが、ラブスターの広報局アイスターだ。この部門はラブスター博士の思惑から離れて暴走気味で、目下、〈一億の星祭り〉なる大イベントへと動きだしている。遺体を一億人分集め、しかも採算を取らねばならない。そのためには少々強引な手段も辞さない。

 あろうことか、インドリディもそのターゲットにされてしまう。「インラブ」が計算したとおりシグリッドがペル・ムラとくっつけば、インドリディは絶望の淵へ叩きこまれる。そんな彼を「ラブデス」による慈悲の旅へ導こうという寸法だ。組織ぐるみの自殺幇助であり(しかも本人に費用を負担させる!)、これに成功したエージェントには75パーセントの歩合給が支給される。いやあ、これはヒドい。まさに世も末だ。

「インラブ」は愛を計算可能なパラメータに変え、「ラブデス」は死の尊厳にマーケティングの論理を持ちこんだ。ラブスターの技術力はとどまることをしらず、いまや、祈りさえも計測可能なものとして扱おうとしている。そのとば口に立ち、ラブスター博士は逡巡するのだ。しかし、アイスターの暴走からもうかがえるように、事態はもはや博士ひとりの判断でコントロールできなくなっている。人類はついに科学と神を融合し、だれもが同じ信仰を共有するようになるのか? それとも......?

(牧眞司)