流通業界の再編はかつての1兆円企業をも飲み込んだ。イオンはダイエーの完全子会社化を発表。2018年までにダイエーの屋号もイオンに改めるという。創業者・中内功氏がダイエーに君臨していた時代のエピソードを、佐野眞一氏が綴る。(文中敬称略)

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 1980年2月、ダイエーは小売業界初の売上高1兆円を突破した。私が初めて中内に会ったのは、その年の4月3日、熊本店がオープンした際だった。私はこのとき、中内の“店内巡回”に初めて同行することが許された。そして、そこで見聞したものすべてに激しいショックを受けた。

 中内が最初に立ち止ったのは、当時まだ珍しかった手作りのパン売り場だった。中内は目測で約5メートル離れて目をつむり、あの大きな鼻でスーッと大きく息を吸い込んだ。そしてしばらく沈思黙考したあと、大きくうなずいた。合格のしるしだという。続いて天ぷら売り場。中内の顔がみるみる曇っていくのがわかった。ボソボソ声で売り場主任にこう怒鳴っていた。

「ええか、ヨーカ堂の天ぷら売り場では、ジューという天ぷらを揚げるうまそうな音をテープで流しているそうやないか。うちは何でそんなこともできんのや!」

 一番驚いたのは、野菜売り場だった。中内は店の一番前のザルに盛られたモヤシにつかつかと近づくと、売り場主任の頭からモヤシをザルごとぶっかけた。随行員に後からわけを聞いて、やっと中内の行動が理解できた。あのモヤシは、表面こそ鮮度がよさそうに見えますが、中はかなり傷んでいたようなんです。中内さんにはそれが許せなかった……。

 中内の“店内巡回”の話が出たついでに、中内が生涯敵愾心を燃やし続けたイトーヨーカ堂社長の伊藤雅俊の“店内巡回”の様子もちょっと紹介しておこう。売り場ごとにけたたましい癇癪玉を爆発させる中内と違って、無言で店内を巡回しながらふいに足を止めて売り場に近づき、棚を指でひと掃きするや、無言のまま埃のついた指を店員にそっと突き出す。これが伊藤のやり方だった。

 中内の憤激は一過性で雷親父を思わせるが、伊藤の怒りは真綿でソロリソロリと首を絞めにかかる鬼姑を彷彿とさせる。

※SAPIO2014年12月号