中国の常万全国防相は21日、第5回香山フォーラムで「中国軍とアジア太平洋の安全」と題した講演を行った。講演内容は多岐に渡ったが、中国新聞社など中国メディアは発言中の「わが軍、世界の先進国とのレベル差はまだ大きい」の部分に特に注目した。

 常国防相中国の国防と軍の現代化の歴史と現状について、5つの特徴があるとした。まずは、世界における文明の発祥地のひとつでありながら、近代になってからは統治者の腐敗と無能のために、侵略を受けるようになったと指摘。そのため、国防と軍の現代化により、国家主権と安全、発展の利益を守ろうとする決意が、とりわけ強いとした。

 つぎに、中国は広い国土、莫大な人口、長い国境線と海岸線を持つと指摘。「特に国家はいまだに完全な統一を実現していない」として、台湾問題も国防における大きな要因とした。

 さらに、世界ではさまざまな技術面における「新軍事革命が進行中」と指摘。さらに改革政策による経済発展を指摘。「経済建設を中心とする中国の国策
には変更がないが、軍事力の発展も合理的な水準を維持していく」と述べた。

 常国防相は最後に、「非伝統的な安全への脅威」に対応している必要を主張。テロリズム、分裂主義、(宗教上の)極端主義の脅威が高まっており、自然災害も多発していることから、中国や国防や軍の分野で、各国との歩調を合わせることで、「責任ある大国としての役割を、積極的に果たしていく」と論じた。

 中国軍の「水準」は、「新軍事革命」の部分で言及した。「現在に至るも中国軍の機械化は未完成であり、情報化はやっと始まったばかり」と説明し、「世界の先進的な軍事レベルと比較し、依然として大きな差がある」と表明した。

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◆解説◆
 中国ではこのところ、熱狂的な愛国論調を冷ますような記事が、やや目立つようになった。上記記事で、「中国軍のレベルは、世界とは差がある」ことを強調したことも、「論調冷まし」の効果があると考えられる。

 インターネットで激烈な愛国論調を支持する層には若者が多い。中国と外国が対立すると「攻め滅ぼせ」、「核ミサイルを飛ばせば解決する」などの主張を始める。

 過激な愛国論調を展開する若者は「憤青(憤る青年)」と呼ばれる。多くは、社会的な立場が弱く、経済的にもさほど恵まれないなどで、不満を鬱積(うっせき)させている若者とされる。「中国の軍事レベルは、世界最先端の水準に比べれば相当に低い」と国防相が正式の場で述べたとなれば、彼らの熱気を削ぐ効果が発生する。

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 中国で、「熱狂する若者」を政治的に利用した例としては、文化大革命初期の「紅衛兵」がある。始めたのは毛沢東だが、毛沢東も当初から「このようなやり方はあまり好きでない」と発言しており、しばらくして紅衛兵運動が制御不能になったと見るや、若者を都会から引き離し農村部に散開させる政策に切り替えた(下放)。

 文化大革命で多用された「大衆運動」の政治手法は弊害が多いとして、トウ小平も忌避した。現在も中国共産党上層部には、「大衆運動」に嫌悪感を持つ人が多いとされる。

 「大衆運動」を故意に用いた例外的としては、小泉純一郎首相の靖国神社参拝などを「理由」として、各地で反日デモを煽った江沢民元国家主席の例があるとされる。政治的に対立していた胡錦濤政権は発足当初、対日協調路線を目指していた。江元主席は胡錦濤政権の力を削ぐために、小泉首相の靖国神社参拝を「好機」として利用した。

 次に、共産党重慶市委員会の書記(ナンバー1)だった、薄熙来受刑者の例がある。薄受刑者は、自らの影響力を大きくすることを目的に、文革時を思わせる大衆運動を展開させた。しかし逆に、大衆運動を忌避する胡錦濤国家主席(当時)らが「薄熙来排除」を決意。権力乱用や収賄を理由に逮捕し、失脚させた。

 中国で政治的な大衆運動が組織される場合、これまではほぼ例外なく、「内部の権力闘争」が真の理由だったと考えてよい。現在の中国は、大衆運動が起きにくい状態を狙っているように見える。(編集担当:如月隼人)