近年、多くの若手プレイヤーが躍動し、初優勝を飾るニューヒロインが続々と登場している日本女子プロツアー。しかし、あと一歩まで迫りながら、いまだ栄冠を得られない選手もたくさんいる。その代表的な選手と言えば、菊地絵理香(26歳)だろう。

 彼女は、一昨年の2012年に初のシード権を獲得すると、昨年、今年の2シーズンは何度も上位争いを演じてきた。目前まで優勝が迫っていたことも3度あったが、最後の最後でそのチャンスを逃して、悔しい思いをしてきた。

 昨年の日本女子オープン(2013年10月3日〜6日/神奈川県)では、最終日に首位の宮里美香から5打差の2位でスタートするも、終盤の15番を終えて逆転し首位に立った。だが菊地は、16番、17番と連続して3パットのボギー。宮里美香に再びトップの座を譲って、2位タイに終わった。

 今年は、NEC軽井沢72(8月15日〜17日/長野県)と、富士通レディース(10月17日〜19日/千葉県)でビッグチャンスを迎えた。ともに3人によるプレーオフで頂点を争ったが、NEC軽井沢72ではイ・ボミに、富士通レディースではアン・ソンジュに勝利を奪われた。とりわけ富士通レディースでは、17番、18番で連続ボギーを喫してのプレーオフ進出。初優勝がほぼ手中にあっただけに、大いに悔やまれた。

 そうした屈辱の過去を、菊地は淡々と振り返る。

「昨年の日本女子オープンと、今年の富士通レディースは、完全に自滅です。『優勝』を意識してのもの、ですね。『勝てるかも......』と思った瞬間に(体が)硬くなってしまって、『パーで上がればいい』と思った途端、パーを取るのが難しくなってしまった。あの2試合で、『目の前の一打(に集中する)』っていうことが、どういうことなのかわかりました。それが、勝つために必要なことも。でも(大事な場面で)何も考えずに"目の前の一打"を打つこと、そういう本当にシンプルなことに集中するのは、とても難しいことですね」

 北海道苫小牧市出身の菊地は、ゴルフのティーチングプロである父・克弥さんの影響で6歳の頃、ゴルフを始めた。本格的に取り組み始めたのは、中学生のとき。ティーチングプロの克弥さんならではの発案による、自宅の転居がきっかけだった。克弥さんが説明する。

「子どもというのは、練習場で必要以上に球を打ちます。そうして、打った球を見ては、スイングをあれこれといじるんですが、それでは上達しません。ある程度のスイングの形ができたら、コースでそれを試して、うまくいかないことがあったら、それを練習場で修正する。この繰り返しで、うまくなるんです。だから私は、娘が中学生になったときには、毎日コースに出そうと考えていました。しかし自宅近辺のゴルフ場は高くて、とても子どもにはプレイをさせられない。そこで、隣の市にある9ホールのゴルフ場の支配人に話をつけて、子どもが球拾いや掃除をしたあと、バッグを担いでコースを回らせてもらえるようにしてもらった。となれば、子どもが通えるようにしなければいけないので、家を売ってゴルフ場の近くに引っ越したんです」

 最近は、日本の女子ゴルフ界でも、子どものためになると思ったら、そのために尽力する親が増えてきた。克弥さんも、そのタイプだった。

 そんな父親のおかげで恵まれた環境を得た菊地はメキメキと上達し、中学校を卒業すると、高校はゴルフの強豪・東北高校(宮城県)に進学した。宮里藍(29歳)とは入れ違いだったが、1学年上には有村智恵(26歳)、原江里菜(27歳)らが在籍。実力者の中でもまれて、さらに力をつけていった。最終学年になったときには、東北ジュニアで優勝。全国高校選手権では、個人と団体でタイトルを手にした。

 高校卒業後は、早々にプロでも活躍すると思われたが、最近の若手選手と比べて、菊地は意外にも苦労を重ねている。プロテストは2008年、2度目の挑戦で合格した。プロ入り後もなかなか結果を残せなかった。賞金ランク43位となって、初のシード権を獲得したのは、プロになってから4年後の2012年だった。

 しかしそれからは、プロゴルファーとしての基盤を確実に固めつつある。昨年は4600万円強を獲得し、賞金ランク20位まで浮上。今季もここまで賞金4000万円弱を積み上げて(11月20日現在、賞金ランク22位)、ツアーの中心選手として各トーナメントで奮闘している。

 その菊地が、これまでの自身のゴルフ人生を振り返って、こう語った。

「自分のゴルフ人生ですか? いやぁ、理想どおりには進んでないですね。一番は"結果"ですからね。その時々の自分の実力からすれば順調なのかな、と思いますけど、結果だけ見れば、『順調ではない』と言えますから。(結果を出している)周囲(の若い選手)とも比較されますし......。難しいですよねぇ......」

 菊地が言う「結果」とは、ツアー優勝のことを指していることは間違いない。メディアを含めた周りの人間には、未勝利であることをあまり気にしていないような素振りを見せているが、やはり勝利に対する、内に秘めた思いは相当強いのだろう。

 ただし、菊地自身に焦りはない。昨年の日本女子オープンで惜しくも優勝を逃したあと、菊地はある決心をしたという。

「もう泣かないと決めました(笑)。泣いても、しょうがないですしね。現実はしっかりと受け入れないといけないし、今をきちんと生きないといけないと思うし......」

 ひと呼吸置いて、菊地が続けて語る。

「私、そんなに一気に成長できるタイプじゃないんです。何をやっても時間がかかるほうで、幼い頃に習っていたお稽古事も、基本的にはすぐに出来なくて......。中には、早く上達するものもあったけど、そういうものは長続きしなかった。ゴルフもそうですけど、ある程度の成績を出せるようになるまで時間がかかった。それは、自分でもよくわかっているので、別に(早急に結果を求めるような)背伸びをしようとは思っていません」

 今季の女子ツアーは残り2戦。そこで"結果"を出すことも簡単なことではないかもしれないが、中学、高校、プロになってからも、菊地は一歩、一歩、着実にステップアップしてきた。すぐに芽が出なくても、段階を踏んで成果を挙げてきた。

 毎年オフには、生まれ育った厳冬の北海道でしっかり体作りをしている菊地。その積み重ねが近い将来、確かな"結果"につながるはずである。

古屋雅章●文 text by Furuya Masaaki