山名昌衛(やまな・しょうえい)●コニカミノルタ社長。1954年、兵庫県生まれ。77年早稲田大学商学部卒業後、ミノルタカメラ(当時)入社。96年経営企画部長を経て2002年執行役員となる。コニカとの経営統合後は常務執行役、コニカミノルタビジネステクノロジーズ社長などを経て、14年4月より現職。  コニカミノルタ>> http://www.konicaminolta.jp/

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コニカミノルタが2003年に経営統合してから丸10年。創業事業だった写真関連のBtoCビジネスからの撤退という試練を乗り越え、情報機器事業を核としたBtoBソリューションビジネスへと事業の軸足を移してきた。この春にトップに就任した山名新社長は、「DNAの進化」をめざし、新中期経営計画と共に新たに整理した理念体系をリリースした。統合会社としての出自を持つコニカミノルタの弛まぬ変革をさらに推し進めるために、どのような意図をもって理念の浸透をはかろうとしているのか。今回は、山名昌衛新社長へのインタビューを紹介する。(文中敬称略)

■理念とは経営の「拠り所」

【竹内】経営において理念はなぜ重要なのでしょうか。ご自身が理念の効用を実感した経験をお聞かせください。

【山名】2つの事例を挙げたいと思います。1つ目はコニカミノルタの経営統合にあたって考えたこと、2つ目はもっと古い話ですが、私の経営者としての原点となったアメリカでの経験です。

統合前の会社には、それぞれの歴史があります。制度、システム、使っている言葉など、違いを挙げればきりがない。そんな違いがあっても、大事なのは心を一つにすることでした。何より誇りを持てる企業にしたいと思いました。その際に着目したのが企業文化の共通点です。

コニカとミノルタに共通していたのは、ものすごく誠実であるということです。親身になって物事をとらえる。オープン、フェアで、責任感も強い。両社に共通するこのすばらしいDNAを統合会社でも大切にしたらいいではないかと思いました。当初、旧社の違いが大きいと懸念された海外からも共感を得ることができました。統合後に入社した人、M&Aを通じて参画した人からも「コニカミノルタは素晴らしいカルチャーを持っている」と言われることも幾度となく経験しました。

■修羅場で拠り所となった「アイデンティティ」

【山名】もう1つは、ぎりぎりに追い込まれた局面で、理念が自分の判断の支えになり行動を後押ししてくれた経験です。90年代終わり頃、当時ミノルタが買収したアメリカ南部の会社の再建のために経営者として派遣されました。経営と現場に距離感がある典型的アメリカ型の経営スタイルで、事業環境が厳しいこともあって、合理化を進めているところでした。

6カ月、1年と現場を見てわかったことは、この会社にはすばらしい現場の力があることでした。この力を活かせればこの会社は必ず再生できる、と確信したのです。上からの指示を待つのではなく、それぞれの現場で自ら考えて、判断し、行動して、最後までやりきる。そうした動きが出てきた時に組織の力が最大限に発揮されると私は心底信じていました。それは自分が育った会社で培われた信念でもあります。

従業員たちは、私のことを自分たちの会社に日本の親会社から送り込まれてきた再建役として、懐疑的な目で見ています。彼らをその気にさせるにはどうしたらよいか。数字で管理するだけでは人は動かない。自分の心からの信念として、その会社を再生するために必要なことを語り、従業員の賛同を得ようと思いました。自分のアイデンティティでぶつかっていくしかない。そこで、毎月のように約1000人の社員全員で集会をし、「我々の強みを発揮すれば世界中で勝負することも可能だ。必ずできる」ということを現場の人たちに語り続けました。

この経験を通じて学んだのは、このような修羅場で最後に拠り所になるのは、自ら信じること(=アイデンティティ)だということです。先輩たちから受け継いできたDNAといってもよいでしょう。それが自らが一歩踏み出す原動力になるのです。

■目指したい「お客さまとともに価値を創り出す」という姿

【竹内】先輩たちから受け継いできて自分が信じていること。それが理念であり、DNAでもある。統合時には共通するDNAを大切にすることで融合を促し、10年経った今、「DNAの進化」を掲げておられますが、どんな組織を目指されているのでしょう?

【山名】我々にはものづくりの会社として培ってきた強みがありますが、プロダクト型の経営だけでは今の時代には通用しません。製品を精魂込めて作り上げ、その商品の力を世界に展開することで成長しようという考えには限界があります。いわゆる“QCD”がすぐれた企業が勝つという成功体験に埋没してはいけないのです。

プロダクト型の経営の良いところは活かしつつ、新しい価値を提供していかなければいけません。ビジネスモデルの変革は、本当の意味での「顧客価値」を具現化していく中で実現します。そのためには、従来の行動や判断を、時には破壊してでも、進化させないといけません。プロダクト型に適応して働いてきた人々の行動を変えていかないと次のステージに行くことはできないのです。そのためには、お客様のおかれている状況に身を置き換えて、何ができるとお客様が喜ぶかを考え、その実現に熱いパッションを持つこと、リスクがあってもチャレンジすることを褒め称えていく必要があるのです。

我々の事業はBtoBですが、最終的なベネフィットを出すべきは、あらゆる現場で我々の製品やサービスを実際に使ってくださる一人ひとりなので、BtoBtoCと考えるべきです。そのBtoBtoCを実現する上で、コニカミノルタにはとても良いカルチャーがあります。お客様のために考えるという我々のDNAを事業の革新にあわせ進化させられれば、もの凄い強みになるはずです。

いずれにせよ、現場の社員一人ひとりが能動的、機動的、スピーディに「動ける」こと。これが強い会社であり強さを持続できる会社です。フィロソフィーは、そのような状態をつくるためのものであり、それを実現するのが私の役割だと思っています。

■仕事の意味づけが人の行動を変える

【竹内】そうした進化を促す際に理念はどのように関係するのでしょう?

【山名】経営が考えるべきは、人財の持つ潜在力、ポテンシャルを最大限に引き出すことです。売上利益は大切ですが、数字だけで人は動きません。一人ひとりにとっては、何のためにこの仕事をやっていて、社会的にどういう意義がどうあるのかが、自分のなかでちゃんと腹落ち感を持てていることが重要です。仕事の意義に腹落ち感を持てると、人の行動は変わります。行動は外から変えるのはなかなか難しいものです。チェンジとだけ言っていても何をやったらいいかわからない。事業の目的を示す理念があると、そこから仕事の意味づけのヒントを得ることができます。

たとえば情報機器事業でいうと、設備投資の面で顧客企業のコスト削減に貢献できることは理解できても社会的な意味合いがイメージしにくいところがあります。しかし、我々は、お客様のビジネスの一部となって貢献していることが少なくない。ビジネスパーソンのワークフローを変革し、より創造的にすることで、お客様企業が活性化する。お客様の革新のためにさらに先を想像し、我々ができることを責任をもって実現することには社会的な意義があるはずです。

■トップ自らの率先垂範と制度的後押し

【竹内】新たに体系化した理念をどのようにして浸透、活用していきたいとお考えですか?

【山名】経営陣の主体的参画が重要です。なぜなら、これが事業の競争力を生み出すために必要だからです。私自身は、それぞれの立場の人たちにできるだけ分かりやすく、繰り返し伝えていきたい。2年、3年、あるいはそれ以上かかるものだと覚悟し、粘り強く語り続けます。フィロソフィー浸透のためだけの活動を繰り返すというより、事業に即したさまざまな場面で、事業とフィロソフィーを関連づけ、啓蒙していくことをイメージしています。そして小さくても成功例を出していきたい。フィロソフィーの効用が分かるような取り組みにどんどん光をあてていきたいと思います。

ただ私一人では限界があります。まず、個々人の想いをきちっと共有し、私も含め新しい役員メンバー全員が率先垂範していくことを期待しています。理念浸透はコーポレートの専門部署に任せておけばいいということではありません。このフィロソフィー展開の取り組みは、経営戦略、事業戦略の実行体制づくり、すなわち組織をジャンルトップを狙える戦闘集団に仕立てることと表裏一体であるという位置づけを理解し、執行責任を持っている人間が自らの責任範囲の一環として取り組まないと理念の浸透は成功しないでしょう。

くわえて評価制度とも連動させていきたい。意識や行動を変えるには、人事改革が必要です。最高のパフォーマンスを出すために人をどう活かすかということは、人事の重要な使命です。そのために、チャレンジすれば報われるという当たり前のことを、もっと愚直に評価に反映していきたいと考えています。

【竹内】理念の浸透実践は事業と表裏一体の経営そのものという位置づけで、トップはもちろん各事業のリーダー層が率先して関与していくわけですね。本気度の伝わってくるお話をありがとうございました。

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 次回は、理念経営を実践していく上でのポイントとして、コニカミノルタの事例からどんな学びがあるか、筆者が注目した点について解説してみたい。

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竹内秀太郎(たけうち・しゅうたろう)●グロービス経営大学院主席研究員。東京都出身。一橋大学社会学部卒業。London Business School ADP修了。外資系石油会社にて、人事部、財務部、経営企画部等で、経営管理業務を幅広く経験。日本経済研究センターにて、世界経済長期予測プロジェクトに参画。グロービスでは、人材開発・組織変革コンサルタント、部門経営管理統括リーダーを経て、現在ファカルティ本部で研究、教育活動に従事。リーダーシップ領域の講師として、年間のべ1000名超のビジネスリーダーとのセッションに関与している。Center for Creative Leadership認定360 Feedback Facilitator。共著書に『MBA人材マネジメント』『新版グロービスMBAリーダーシップ』(ダイヤモンド社)がある。

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(山名昌衛=談、竹内秀太郎=聞き手、構成)