『甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)』イアン マキューアン 新潮社

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 同級生たちが花屋さんや幼稚園の先生になりたいという夢を持っていた中、私が憧れていたのはスパイだった。小学生だった頃の私の周りでは、なぜか「人生ゲーム」よりも「億万長者ゲーム」が流行(「億万長者ゲーム」とは、タカラが「人生ゲーム」の大ヒット後に発売したボードゲーム。資金を蓄えた後で国際社会に打って出て株やビルを買い、最終的に最も大金持ちになった人が勝つ)。もはや細部はうろ覚えなのだが、すごろく式のこのゲームには、そこで止まると産業スパイにならなければならないというコマが存在した。そして私は、他の友だちに比べてそこに止まる確率が異様に高かった。「ゆかりちゃん、また産業スパイになってる!」と何度笑われたことだろう。そうこうしているうちに、自分でもそのコマに止まらないと物足りなさを感じるようになり、最終的には「同じスパイなら、もっと国家機密に関わるような仕事の方がおもしろそう」と考えるに至ったのだから、子どもというのは突拍子もない。

 本書の主人公セリーナ・フルームについての印象的な一文がある。「わたしが頭がよくてきれいなのは、そのどちらでもない妹に対して不公平なのに、わたしが高い望みをもたなければ、その不公平さを倍加することになるという」との言葉は、母親のお説教をセリーナが回想する場面で登場する。英国国教会主教である夫を支えることが最大の仕事であるような母はしかし、長女が抜きん出た存在となりその才能にふさわしい職業に就くことを望んだ。1969年に17歳だったセリーナは、本心では英文学科の学生になりたかったにもかかわらず、ほとんど興味を持てない(だが、難なく点数を取れる)数学を学ぶためにケンブリッジ大学に入学する。

 そして、優秀な若者にありがちな挫折("大学に入ってみたら自分より頭のいい者はいくらでもいた")を経験した彼女は、より一層読書に耽溺するようになる。そしてひとりの男との出会いが訪れる。トニー・キャニングは歴史の教授で、彼らの関係はいわゆる不倫の恋へと進展した。そして唐突な別れが訪れる。彼からの理不尽な拒絶が、最終的にセリーナをMI5(イギリス内務省保安局)に入局させた。変わりばえのしないセリーナの日常を劇的に転調させたのは、彼女が読書好きだったことによる。新しい任務には彼女の文学に関する知識が絶対に必要だった。なぜなら、彼女は若く才能に恵まれた作家であるトム・ヘイリーに接触する必要があったから...。工作員という身分を隠したセリーナの恋がいつか破綻することは、早い段階から容易に予想されるだろう。にもかかわらず、すべてが明らかになるのはいつなのか、どのような形で露見するのか、そうなった後彼らの関係はどのように変化するのか、尽きぬ興味に読者は翻弄され続けることになる。

 本書は、1970年代の東西冷戦の時代を描くスパイ小説であり、ロマンティックで官能的な恋愛小説であり、そして読書好きにはたまらない文学についての小説でもある。古典から現代ものまでさまざまな文芸作品に関する考察や、トムの著作とされる小説の詳細な要約(訳者あとがきによれば、実際に若き日のマキューアンが書いた既刊および未刊の短編をもとにしたものもあるとのこと)が全編を彩る、文学への愛情にあふれた内容なのだ。

"マキューアン=変態作家"という認識を植え付けられたのは、『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』(桜庭一樹/創元ライブラリ)に収録された座談会を読んで以来のこと(桜庭氏と東京創元社の編集者たちによるトークもやはり文学愛がほとばしっており、読書好きなら楽しめること間違いなし)。私はその当時彼の作品では『贖罪』(新潮文庫)しか読んでいなかったので、「この作家、ドSや...」という理解がせいぜいだった。が、"変態"というキーワードを念頭に他のマキューアン作品も読んでみたところ、(特に初期の作品について)なんとしっくりきたことか! あまりほめているようには受け取ってもらえないかもしれないが、これは最大級の賛辞でもある。原題となっている"Sweet Tooth(スウィート・トゥース)"は「甘党」という意味で、作戦のコードネームでもある。彼の著作においてはよく見られる驚くべき結末が「甘美なる」ものであるかどうか、ぜひ本書を読んで確かめていただきたい。

(松井ゆかり)