『全滅領域 (サザーン・リーチ1)』ジェフ・ヴァンダミア 早川書房

 地球上に突如あらわれた狂った生態系の異界。それは〈エリアX〉と名づけられた。出現してからこれまで11回もの調査隊が派遣されているが、一般にはまだその存在は認知されていない。政府は「軍の実験的研究により、局所的な環境破壊が発生した」との見解だけ、過剰なメディアの報道のなかにまぎらせ、うっすらと流すだけだ。世間はだれも関心を持たないし、当の調査メンバー候補たちも目先の任務しか見ていない。訓練が厳しく、人から伝えられる情報に信憑性などないからだ。わかっているのは、これまでの調査で無事に帰還したものは一人もいないという事実だ。第2次調査隊は全員が自殺、第3次調査隊は互いに殺しあった。とりわけ奇妙なのは第11次調査隊で、彼らは〈エリアX〉のなかで一人ひとり忽然と姿を消し、魂が抜けた様子で自宅へと戻ってきた。彼らの話は要領を得ず、やがて全身が癌におかされていることが判明する。

『全滅領域』は第12次調査隊に参加した女性生物学者(わたし)の手記で、現在進行形で綴られる。彼女の夫は第11次調査隊のひとりだった。しかし、夫がたどった運命と、生物学者が新しい調査隊に参加した動機とは無関係だ。彼女はひととのつながりが希薄で、夫の死に衝撃を受けている様子もない。第12次調査隊のメンバー----こんかいは人数が少なく4人、全員が女性----のあいだでも、信頼や共感はいっさいない。それどころか、このうちだれかが監視役で、ほかの3人は実験素材として〈エリアX〉へ送りこまれているのかもしれないと疑念さえ抱いている。彼女たちは調査に先立って名前を剥奪され、職業名だけで認証されている。すなわち、生物学者、心理学者、人類学者、測量技師。

 人知を越えた領域〈エリアX〉のたたずまいは、ストルガツキー兄弟の『ストーカー』(ハヤカワ文庫SF)を彷彿とさせる。ただし、『ストーカー』の〈ゾーン〉に比べ、いっけんそれほどの異常さは認められない。人間がいなくなり野生の動植物が旺盛に蔓延った自然区域に思える。しかし、そのなかで際立って異様なのは、地中に埋めこまれた灰色の〈塔〉の存在だ。直径は約18メートル、地上に出た部分の高さは20センチ。四角い開口部から地下へ螺旋階段がつづいている。

 調査隊が用心深く階段を降りていくと、壁に緑のツタのようなものがへばりついており、それが文字になっているのだ。わたしはその文字の意味がわかった。「罪人の手が育む浸食の子実であるところ、我は死者の種子を生む、蟲たちと分かちあうために、その蟲たちは......」。もっと間近で読もうと顔を近づけたとき、文字の一部がはじけ、微細な胞子を撒き散らす。これは菌類だったのだ。その胞子を吸ったことで変化が起きる。心理学者が施す催眠暗示にかからなくなったのだ。心理学者がほかのメンバーを暗示で操作していたと知り、わたしは不審を募せるが、かといって、ほかの2人と手を結ぶわけでもない。そんな矢先、人類学者が行方不明になる。〈エリアX〉の作用か? それとも心理学者が何かを仕組んだのか? 

 しかし、これまでの記述をたどってきた読者の脳裏に、もうひとつの疑問が横切るはずだ。はたして、これはリアルなできごとなのか? 語り手であるわたしは〈境界〉を抜けた曖昧な記憶があるだけで、いきなり〈エリアX〉のことを語りはじめていた。また、〈塔〉についても、なぜその構造物を〈塔〉だと直感したか自分でも説明がつかない。ほかのメンバーは〈地下道〉と呼ぶのに。

 物語が進むほどに〈エリアX〉の実体がわからなくなっていく。異界の物理が働いているのか、それともここは仮想的な(あるいは妄想的な)空間なのか。わたしはこの未知の領域で、自分の過去や感情についてしだいに思いをめぐらせるようになる。このあたりは、ちょっとJ・G・バラードが唱えた「内宇宙(インナー・スペース)」の色合いが感じられる。ただし、バラードほど徹底しているとは思えない。たとえば彼女と夫との結びつき、子どものころの両親との関係など、日常的な意識のほうへ寄っている。そのぶんわかりやすくエンターテインメント的ともいえる(バラードに馴染んでいるとかえってわかりにくいかもしれないが)。ぼくはもっぱら、ある種のカルトムーヴィを観るように、謎の濃霧に閉ざされたスリラーの雰囲気にひたった。

 本書は《サザーン・リーチ》と題された三部作の第一部。つづく巻では、別な視点から〈エリアX〉への接近がおこなわれるようだ。それほど間をいかずに邦訳予定(2部『監視機構』は11月、3部『世界受容』[課題]は2015年1月)なので、楽しみに待ちたい。

(牧眞司)