あっという間の出来事だった。
 
 ラスト3分。スコアは日本の3点リードだった。ここから、ニュージーランドの先住民族マオリの戦士たちの逆襲が始まった。

「やられたと思った」

 途中から代わって入った百戦錬磨の36歳、ロック大野均がこう述懐する。ラインアウトからのクイックスローイン。30数メートルのロングのボールが投げ込まれたとき、もう相手の黒いジャージが4つ、ラインをつくっていた。日本の赤色ジャージのディフェンスラインはほとんどゼロだった。

 このインスピレーション(発想力)、反応力、意思統一。「世界一の素早さ」を誇るマオリに楕円球をつながれた。必死で戻った日本のタックルをひょいとかわされ、逆転のトライを奪われた。「(勝利への)執着心の差ですかね」と、大野は悔やむのである。

 「"これがマオリか"と思いました。体に染みついた個々のスキル、嗅覚。最後のラインアウト。FWとしては絶対、ボールを奪い返してやるというメンタリティーだったんですけど、(クイックスローで)肩すかしを食らった格好でした」

 肌寒い8日の秩父宮ラグビー場。曇天の下、日本代表(JAPAN XV)はマオリ・オールブラックスに18−20で惜敗した。世界ランキング11位の日本にとって、「世界ランク6〜7位の力」(エディー・ジョーンズヘッドコーチ)のマオリは格上だった。いわば金星を逃した。なぜ、だろう。よくみれば、集中力が薄れていたのか、日本にミスが相次いでいたのである。
 
 逆転されたトライの伏線となるのは、相手にボールを渡す前のラインアウトだった。日本ボール。途中で代わったフッカー湯原祐希がノットストレートを犯した。痛恨のミスだった。相手ボールのスクラムに変わった。
 
 マオリはもう、大外勝負しかない。なのに、バックスに回された際、ディフェンスラインの上がりが遅れた。途中交代のBK立川理道(たてかわ・はるみち)のタックルミス。マオリのウイングに走られ、小さなキックを蹴られた。

 戻ったウイング山田章仁がセービングで防ぐ。サイドラインの外に出された。結果論ながら、ここは山田がボールをタッチへ蹴りだしたほうがよかった。直後、冒頭のシーンになる。ディフェンスの綻(ほころ)びは、FWの逆サイドへの戻りが遅れたからだった。
 
 フルバック五郎丸歩は悔しさで顔をゆがめる。後半32分に一時、勝ち越しとなるPGを蹴り込んでいた。ムードは日本の勝ちゲームだった。28歳の副将はこう、言った。

「最後、僕ら(の集中力)が完全に切れていたと思う。もっとコミュニケーションをとっていれば...。正直、勉強させてもらった感じです」

 第1戦(11月1日・神戸)の21−61と比べれば、日本は成長の跡をみせた。なんといっても、「修正能力」を見せた。単調な攻めから一転、密集サイドのタテ突破やシェープ(連動した陣形)を工夫し、アングルチェンジ、ダミーとなる「おとり」で相手を混乱させた。ぶ厚く、多彩に。キックも使った。
 
 ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)では、よくファイトした。2人目のサポートが早くなり、攻めに日本らしいテンポが生まれた。ただマオリと比べると、人数をかけ過ぎた感はあった。どうしても運動量が増え、最後に足が止まる要因となった。
 
 相変わらず、スクラムでは優位に立った。相手が体重を乗せてきても、より強固な固まりをつくって対抗した。マイボールも押して、後半は4本中3本で相手のコラプシング(故意にスクラムを崩す行為)の反則を奪った。序盤、まっすぐに押し崩して、認定トライももぎとった。

「常に一緒にプレーしたい8人になれ!」がFWの合言葉だった。代表戦初先発の24歳、左プロップ稲垣啓太は「相手が組み方を変えてきても、8人で焦らずに対応できた。自分の仕事はできた」と満足顔だ。右プロップの畠山健介は「しっかりプレッシャーを与えることができた。"ジャパン・ウェイ"はテンポが大事。エディーさんが前の試合から寝ないで戦術を練ってくれたので、うまくボールを動かすことができた」と笑わせた。

 ジャパン・ウェイ(日本らしさ)とは、いろんなところからシェイプを重ねて相手ディフェンスを崩し、トライを狙う素早い展開を意味する。そのスタイルの中、21歳のセンター松島幸太朗のプレーは光り輝いた。
 
 松島にはナイスチャージもあった。スピード、柔軟性だけでなく、センスがいいからだ。「全然、通用したと思う」。自信も膨らんだ。ついでにいえば、ドーピング違反による資格停止処分から戻った"大器"、26歳の山中亮平のジャパン復帰を祝福したい。
 
 今週、選手たちが宿舎で見たビデオのひとつが昨年6月のウェールズ戦の金星のものだった。第1戦から第2戦への闘争心の変化を思い出させたかったのだろう。闘志はあった。だが、あの時の我慢がなかった。

 この日、風邪にも負けず、ハードなヒットで活躍したのがトンガ出身のナンバー8、アマナキ・レレイマフィだった。関西大学Bリーグの花園大学出の24歳。でも、最後にボールを奪われた。試合終了。濡れた芝に寝ころび、両手で顔を覆っていた。あの時は?

「なんか、泣きました。試合、またあるから、がんばります」
 
 悔恨、自信、挑戦......。すべては来年のワールドカップ(W杯)の準備である。W杯を山に例え、ジョーンズHCはこう、言った。

「ぼくの人生の中で、ここまできつい練習をしている選手たちをみたことはない。まるで山登りです。ジャパンはいま、1000メートルを越えたところ。これから風が強くなるし、傾斜もきつくなるし、地面もガタガタになります」

 1000メートルはまだ、目指す山の4合目あたりだと説明した。課題は、さらなるフィジカル、スキルアップは当然として、攻守の切り返し、反応、連携プレーの精度、シェイプでのランのアングルや走り方など細かいところであろう。山道の方向は間違っていない。
 
 この惜敗を糧(かて)とし、日本代表は欧州遠征に出かけ、強力FWのルーマニア代表(11月15日)、グルジア代表(11月23日)と戦う。テーマが、何よりセットプレー(スクラム、ラインアウト)のさらなる強化である。あと1年。W杯という山のてっぺんの風景はぼんやり、見えてきた。

松瀬学●文 text by Matsuse Manabu