作家柳美里氏の告発に端を発した、出版社の原稿料不払い問題が大きな話題となった。4日に出版社が一括で支払うことで解決したが、仕事を発注・受注する立場の全ての人間にとって、カネの問題は他人事ではない。フリーライター神田憲行氏が体験を元に語る。

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 フリーライターを約25年やっています。筆1本で国民年金と国民健康保険を払い続けて四半世紀、おかげさまで原稿料を払って貰えなかったことはありません。というと同業者が必ず驚くのですから、この業界、そういうトラブルは数え切れないぐらい起きているのでしょう。

 かくいう私も全く無風でここまで来られたわけではありません。支払いをしてくれない会社宛にしつこく電話をしたことがありますし、原稿料の支払い日を何度も約束したのに履行せず、挙げ句の果てには異動した大手出版社の編集者のときは上司に直談判したこともあります。個人相手では銀行までついて行くという借金取りみたいなこともしたこともあります。

 内容証明郵便を出す手前までいったのが、とある英会話学校の子会社の雑誌編集部でした。突然電話が掛かってきて、コラムを6本書いてくれ、という発注でした。ですが、どういう内容のものを書けばいいのか編集者の説明がさっぱり要領を得ない。電話の途中で説明役の編集者が代わり、「今の子は入社1年目でよくわかっておらず、失礼しました」と自信満々で説明しだした編集者の説明もよくわかりません。その人も入社2年目とか3年目とかいう話でした。

 仕事をしたことがないばかりか、その存在すら知らなかった編集部からのオファーです。どうしたものかと考えて、とりあえず、設定された締切の一週間前に見本となる試し原稿を2本書いて送りました。これを叩き台にして編集者とやりとりをして、彼らの意向に沿う形で書き直していけばいい。テーマは私の得意とする分野だったので(だから編集部も連絡をしてきた)、方向さえわかれば難しくない仕事のはずでした。

 ところが締め切り日を過ぎても返事が来ない。おかしいなあと思い、改めてメールをすると驚愕の返事が返ってきました。

「あなたの原稿はあまりにレベルが低いので、他の方にお願いしました。ついては没原稿料を支払うので、提示した原稿料の半分の金額で請求書を作って郵送してほしい」

 原稿の書き直しや「下手」ということを遠回しに言われたことはありますが、ここまでド正面から言われたのは初めてです。それはいいとしても、他に行くのなら、叩き台の原稿を元に話をしてからでもいいではないか。なにも話もせず、いきなりというのは納得できません。私はその旨を説明し、とりあえず原稿は書いたのだから、あらかじめ約束していた原稿料を支払って欲しいと交渉を始めました。

 ダメですねえ。もともとそういう返事をしてしまう編集者だから、聞く耳を持ちません。何度も電話でもメールでも交渉しましたが、話が通じません。仕方なく、そういうことはしたくなかったのですが、編集長に連絡を取りました。案の定、彼は驚愕しました。もともと私に原稿を依頼するアイデアは彼のもので、部下の編集者に指示したそうな。それが私の原稿でなく他のライターの原稿が用意されたので、いぶかしんでいたようでした。担当編集者は私のやりとりを全て、編集長に報告しておらず握りつぶしていました。叩き台となる私の原稿も改めてメールすると、「この原稿で良いと思います」と約束通りの原稿料を支払うことを約束してくれました。

「それと、お詫びに伺いたいのですが」
「いまお宅の英会話学校のCMで流れるウサギ見ただけでも腹立つので結構です」

 その後親会社の学校ごとなくなりましたが、私に連絡してきた編集者、今どうしているのかなあ。まだ業界で仕事しているのかなあ、たまに想い出すことがある……嘘でーす、こういうときしか想い出しません。

 逆のパターンもあります。貰いすぎたケースです。

 とある週刊誌でルーティンワークの仕事でした。なので原稿料についていちいち説明うけなくてもわかります。ところがあるとき、10万円ぐらいの仕事で25万円くらいが私の口座に振り込まれてきました。

 ひと晩考えました。知らんぷりしてて、あとから請求されたら「さーせんww」という感じで戻せばいいのではないか。いやでも落ち着かない。

 結局、自ら編集者に電話して「貰いすぎている」と正直に申告することにしました。そのときの彼の第一声が忘れられません。

「良かったじゃないですかあ」

 と来た。

「なにかの手違いだと思うんですが、編集長も承認のハンコついてることだし、そのまま貰っとけばいいと思います。なにか美味しいものでも食べてくださいよ」

 いったん出した銭は引っ込めねぇ、みたいな。江戸っ子編集者ですか、みたいな。

 原稿料は当たり前の話として、アウトソーシングで仕事をしている・発注している関係はちょっとした金銭のやりとりで信用を失います。ライターは1000円の誤魔化しで編集者から信用を失い、侮られる。また発注する側ももっと敏感になってほしい。私は新人編集者と仕事をするとよくこういいます。

「君は自分が担当した記事が載った雑誌が出たら、仕事が一段落ついたと思うでしょ? 違うねん、私らライターは雑誌が出て、原稿料貰って、初めてその仕事が終わったと感じられるねん。そのタイムラグは自覚しといた方がいいよ」

 仕事に「締切」がある以上、その対価の支払いが「いつでもいい」ということにはならないと思います。

 先日、ベテラン編集者と出張しました。行きは一緒でしたが帰りは別々です。行きの新幹線のホームで、彼が鞄から封筒を取り出しました。

「帰りの新幹線の領収書はこれに入れて送ってください」

 封筒には編集者の住所氏名が書かれてあり、切手も貼ってありました。ライターに82円の切手代も負担させない。この人は100万部の本を2冊作っています。