猪瀬直樹公式サイトより

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 やっぱり猪瀬直樹は猪瀬直樹だった。──医療法人「徳洲会」グループから5000万円の資金を受けていたことが発覚して辞任し、その後沈黙を続けていた猪瀬直樹前都知事が、先日『さようならと言ってなかった わが愛 わが罪』(マガジンハウス)を上梓した。

 約1年ぶりの表舞台への復帰でもある本作だが、当然、注目されるのは徳洲会からの資金提供の"真相"だ。......しかし本書は、タイトルからもわかるように冒頭から、昨年急逝した妻・ゆり子さんへの想い、そして出会いから闘病までの"愛の物語"に埋め尽くされていた。そう。徳洲会事件の際、追求された猪瀬が「妻が、妻が」と連呼し、「口なしの死者に責任転嫁するのか」と批判を浴びた、その妻である。

 物語は2013年5月、ゆり子さんの発病から始まっている。愛犬の死をゆり子さんの発病に関連付けて、猪瀬は感傷的にこう記している。

「ゆり子と一体だった愛犬は、自分の運命をゆり子と重ね死期を悟ったのだろうか」

 ゆり子さんは愛犬の死と同時期に言葉が出てこないなどの不調をきたしていた。当初はペットロスか軽い脳梗塞だと考えていた猪瀬だが、検査の結果は悪性の脳腫瘍で、余命数ヶ月と宣告される。

 当時の猪瀬は、東京五輪招致で多忙を極めていた時期。余命宣告直後にも猪瀬はロシアのサンクトペテルブルクに行かなくてはならない。夫の帰国を待って手術を受けたゆり子さんだが、これは延命の手術に過ぎなかった。そしてゆり子さんの病状は急変、昏睡状態となり、同年7月21日に息を引き取るのだ。

 本書では闘病する猪瀬の妻へ愛情や懺悔、そして45年間の結婚生活の思い出で溢れている。

 猪瀬が一つ年下のゆり子さんと出逢ったのは、19歳の時だった。その後「作家になるため」上京した猪瀬と駆け落ち同然で暮らし始めたゆり子さん。貧しいながらも夫を信じ教職で家計を支える妻。

「僕たちは深刻ではなかった。どうにかなるさ、と笑い合った」(本書より)

 2人の子どもに恵まれ、そして夫は次第に作家として成功していく。

「僕は休日に、しばしばゆり子を連れてウインドウショッピングを楽しんだ。気に入るものがあれば、即座に買った。いつも試着室から現れるゆり子の姿を楽しみにしていた」(同)

 もちろん妻も夫を心から信用し、愛してもいた。

「(ゆり子の)厳しくかつ熱血の指導振りは鳴り響いており、保護者の授業参観は校内でいちばんの盛況だった。女子児童にとってはゆり子の個性的なボブヘアと都会的ファッションセンス、夫について話すときのはにかむような表情と仕草が強い関心をそそっていたようだ」(同)

 自分のことだけでなく身内の妻もまたテライのないほどに自慢して誇り、臆面もないのろけのオンパレード。猪瀬といえば、傲慢で傲り高ぶっているイメージが既に定着したが、それは本書でも遺憾なく発揮されている。妻への愛、そして自分もどれだけ妻から愛されていたのか。そうした夫婦の歴史を書き連ねていくのだ。

「『高校生のカップルのようで、つい声を掛けそびれたわ』ゆり子と僕が寄り添って並び坐って語り合っている後ろ姿を見て、妻の犬友達の女性が笑って喋ったという」(同)

 もちろん、発病した後に猪瀬が献身的に看病するさまも描かれる。昏睡状態になった妻に、彼女が好きだった歌「花嫁」のCDを聞かせ、都知事という激務の間に何度も病室を見舞い、妻に語りかける。

「昏睡状態に陥ったゆり子を目の前にして『申し訳ない』と思った。自分勝手でわがままなことは承知していたので、ごめん、ごめん、と僕はよく誤ってきた」「なぜもっと日常の暮らしのなかで優しい言葉をかけなかったのかと自責の念にかられた」(同)

 なんて感動的な夫婦の物語なのだろう。......ここまで読んで、そう感じた人も多いかも知れない。だが、本書には本来あったであろう"夫婦間の大きな問題"は、影も形もないのだ。

 というのも、猪瀬は西麻布に豪華で洒落た事務所を構え、休日以外はそこで仕事をしていた。暖炉もあるというその事務所で雇っていたのは、若くて美人の女性スタッフばかり。その女性たちの一部には愛人疑惑も取りざたされた。

 なかでも、「週刊文春」(文藝春秋)13年6月13日号に掲載された、20年ほど前に猪瀬の"愛人"だった作家・中平まみの告発は大きな話題に。そこには、飲酒運転やテレフォンセックスを強要しようとしたことをはじめ、ストーカーのような粘着さや自信家でナルシストであるという猪瀬の性格が、ことこまかに暴露されていた。

 ──いわば猪瀬は、長い間、妻を裏切ってきた夫。しかし本書には、そんなことを連想される記述は一切ない。本書では、一貫して深い愛情で結ばれた夫妻の姿しか描かれていないのだ。

 しかもこれらの夫婦物語は"あの問題"に対する伏線でしかなかったのかもしれない。肝心の徳洲会事件に関して、本書ではラストのほうで、ほんのささやかに、しかも通り一遍の説明しかされていないからだ。

「徳田穀議員から借用証に署名するように求められたときは、使わないで早く返そうと決めた。借用証に署名しないで突き返したら顔に泥を塗ることになるし、味方を敵にまわしてしまうことになりかねない」(同)

 そして、妻・ゆり子さんの出番である。

「五千万円の件は、ゆり子にひとまず貸金庫に保管するよう指示した。事務所のスタッフにもいっさい伝えなかった」
「ゆり子に頼んで五月の連休明けに、保管していた借入金を事務所に近い都心の銀行の支店から、僕の自宅がある郊外の銀行の貸金庫に移していた。(略)しかし五月の下旬にゆり子の病気が判明し緊急入院。(略)ゆり子は亡くなるが、僕は預金通帳がどこに仕舞ってあるのかすら知らない」(同)

 そして、妻名義の銀行口座だったため手続きに日を要したことや、カネは選挙資金に使っていないこと、徳洲会への便宜供与もないなど、辞任前の釈明と同じことを、ただ繰り返し記しているに過ぎない。

「妻ゆり子に対しても、僕の身勝手な行為について詫びる機会を得ぬままわかれたことが痛恨の極みである」(同)

 妻への愛を語り、美談を書き綴ることで"妻へ責任転嫁したわけではない"と暗に言い訳をし、悲劇の夫ぶりを強調して事件を自己正当化する──。本書の目的はそれしかないのではないかと見まがうばかりである。

 猪瀬は先日、「週刊文春」(11月6日号)の田原総一朗との対談で、徳洲会事件について「自分の中にあった驕りが根本の原因だと思います」と語っていたが、本書を読むかぎり、やはり猪瀬直樹は猪瀬直樹。最後の最後まで妻を利用する不実さ、厚顔無恥ぶりは、さすがとしか言いようがない。
(伊勢崎馨)