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日本代表の歴史上で希少価値の選手が務めるポジションがある。それは「左利きの左サイドバック」だ。不動のレギュラー長友佑都(インテル)も実は右利き。その招集が見送られたアギーレジャパンで、レフティー・太田宏介(FC東京)の存在感が一気に増してきた。

○長友になくて太田にあるもの

長友にあって自分にないものをあげれば、それこそ枚挙にいとまがない。

日本代表での実績。外国人選手と対峙(たいじ)してきた数。ワールドカップという舞台での経験値。1対1における強さ。そして、左タッチライン際で上下動を繰り返す運動量と、それを支える無尽蔵のスタミナ。現時点では大差をつけられていると、太田は素直に認める。

ならば、自分にあって長友にないものはあるのだろうか。ともに左サイドバックを主戦場とする1歳年下の太田には、胸を張って口にできるストロングポイントがひとつある。

「キックのバリエーションの多さもそうですけれども、左足から上げるクロスの質に関しては自分の中でもかなりの自信を持っています」。

1993年10月の「ドーハの悲劇」を経験した都並敏史。日本が初めてワールドカップの舞台に立ったときの相馬直樹。そして長友。日の丸の系譜に名前を刻む左サイドバックのほぼ全員が、実は右利きだった。

おそらくは三都主アレサンドロ以来となる「左利きの左サイドバック」として。神奈川・麻生大附属渕野辺高校から横浜FC、清水エスパルス、そしてFC東京とステップアップしてきた過程で才能を開花させてきた太田が、新たな歴史の扉を開こうとしている。

○4年9カ月ぶりに動き出した日の丸カラーの時計

11月14日にホンジュラス代表(豊田スタジアム)、同18日にはオーストラリア代表(ヤンマースタジアム長居)との国際親善試合に臨むアギーレジャパンのメンバーから、左ふくらはぎの筋肉を痛めて戦線離脱中の長友が外れた。

ハビエル・アギーレ監督は原則として、ひとつのポジションを2人で争わせる。長友が約6年半も君臨している左サイドバックには、太田とワールドカップ・ブラジル大会のメンバーにも名前を連ねた23歳の酒井高徳(シュツットガルト)が配される。

左右両方のサイドバックでプレーできるユーティリティーさが酒井の長所ならば、太田のそれは「左のスペシャリスト」となる。長友の代役ではなく、日本代表の新たな武器として。10月の国際親善試合にも招集された太田は、目を輝かせながらこう語っていた。

「本当に楽しい。クロスの上げがいがあると、毎日の練習の中でも感じられる。こういう舞台に長くいられるように、積極的な姿勢を貪欲にアピールしていかなきゃいけないですよね」。

去る10月10日のジャマイカ代表戦の後半終了間際から長友に代わってピッチに立ち、約4年9カ月ぶりとなる代表戦出場を果たすと、続く10月14日のブラジル代表戦では先発フル出場。再び動き始めた日の丸カラーの時計が、抱いてきた日の丸への憧憬(しょうけい)の念をより強くした。

○「左利きの左サイドバック」が重宝される理由

一説によると、日本人の人口に占める左利きの割合は12%と言われている。サッカーに置き換えると、11人当たりで1.32人。それだけ希少価値のあるレフティーが左サイドバックを務めた場合、大きく分類すれば2つの利点が生じる。それは「キックの質」と「相手との距離」だ。

味方からのパスに走り込んだ左サイドバックが、クロスを上げるシーンを想像してほしい。プロのレベルならば、もちろん右利きの選手でも左足の技術を磨き上げる。しかし、ダイレクトで蹴るときはもちろんトラップしたとしても、相手ゴール前に走り込む味方にピンポイントかつ高低や強弱などの変化をつけたクロスをあげるには、利き足でなければ高難度を伴う。

また、相手GKから逃げるようにカーブをかけるレフティーならではの専売特許も持ち合わせることができる。「キックの質」は、右足が利き足の左サイドバックよりも有利になる。

「相手との距離」に関して言えば、ドリブルで縦に攻め上がる場合、左利きの選手は自身の利き足、つまり左タッチライン際にボールを置く。必然的に自分の体の分だけ相手との距離が生じ、ボールを奪われにくくなる。

サイドバックには何よりもまず守備力が求められる。その上で攻撃面における独自の「彩」を上塗りすることのできるレフティーを探していくと、真っ先にたどり着くのが太田となるわけだ。

○「奥の手」アーリークロスの封印が解かれるとき

太田の左足には、代表戦でほとんど披露していない「奥の手」も搭載されている。自分をマークする選手を抜き切る前に、ゴール前へ素早くパスを供給する「アーリークロス」だ。

左サイドから斜めの軌道を描いたボールが相手ゴール前で曲がる、あるいは真っすぐに伸びるなど、自由自在に球筋を操る太田の高度なテクニックがFC東京の名物になって久しい。 例えば太田から右ウイングの本田圭佑(ACミラン)へ、数十メートルに及ぶホットラインを開通させることも可能になる。太田自身も、必殺技の封印を解く瞬間を心待ちにしている。

「代表でプレーする時間が増えてくれば、そういう場面も出てくると思っています」。

横浜FCで迎えた3年目の2008年に、左サイドバックの大先輩でもある都並氏が監督に就任した。指揮官も太田の潜在能力を見抜いたのか。「左利きは必ずストロングポイントになる」と熱く説かれ、守備のイロハを伝授された日々の中で、目指すべき左サイドバック像が組み立てられてきた。いまでは「長友」という名前を出すと、こんな言葉が返ってくる。

「長友さんと比べるというか、(左足の精度は)自分のオリジナルだと思っていますから」。

太田が獲得したキャップ数「3」は、長友の「76」に遠く及ばない。それでも、遠い背中との距離を一気に詰める可能性を秘めながら、遅咲きのレフティーは11月10日から愛知県内で始まる代表合宿に参戦する。

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○筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。

(藤江直人)