10月特集 東京オリンピック 1964の栄光、2020の展望(14)

トレセンスタッフに聞く、メダリストが生まれる理由(1)

 2020年東京五輪に向けて、各競技団体はさまざまな強化育成プランをスタ−トさせているが、その中心的な役割を果たすのが、ナショナルト−レニングセンタ−(通称NTC/トレセン)である。

 NTCは2008年1月にオ−プンしたトップアスリ−トのための練習施設だが、その効果は顕著に結果に表れている。2012年、ロンドン五輪で日本は金7個、銀14個、銅17個、計38個のメダルを獲得した。2008年北京五輪と比較すると13個もメダルが増えており、獲得メダル総数は史上最多だった。そして、特筆すべきはメダル38個の内、35個がNTCに入っている競技だったのである。

「集中的、継続的に練習する環境を提供することができれば、これだけ効果が出るのだとかなり驚きましたね」

 そう語るのは、NTC内にあるJOC強化部の笠原健司氏である。

 NTCは、東京都北区にある。そこに体操やバレ−、柔道、レスリング、卓球など夏のインドア系の競技15種目が練習できる環境を整え、合宿などに対応できるよう宿泊施設、食堂、研修室などを兼ね備えている。隣の棟には、国立スポ−ツ科学センタ−というケガやリハビリなどのスポ−ツ診療と競技力を向上させるスポ−ツ医科学支援などの研究施設がある。

 NTCの構想は、1964年東京五輪前からあった。だが、五輪後は経済発展が優先され、スポ−ツ振興は後回しにされてしまった。転機が訪れたのが、1996年のアトランタ五輪だった。日本は金3個、メダル獲得総数は14個という惨敗に終わったのだ。

「東京五輪の金16個をピ−クに年々、金メダル数が減り続け、ついにバルセロナ(1992年)、アトランタと続けて金が3個に終わった。このままでは日本のスポ−ツが終わってしまう。そういう危機感を感じ、JOCが文部科学省に働き掛けてNTCをやろうと提案したのです。最終的に設立が決定したのが2000年で、完成は2010年予定になりました。ところが、また転機があったんです。アテネ五輪で金16個を取り、メダリストを連れて首相官邸に大会報告をしに行った時です。そこで小泉総理が『これだけ多くの金メダルを取り、国民もみな感動した。みなさんに何か記念品を送りたい』という話をされたんです。するとJOCの役員が『総理、記念品をいただくと、それで終わってしまいます。NTCを北京五輪までに間に合わせてください』と言ったんです。すると小泉純一郎総理が『分かった、やりましょう』とおっしゃって、そこから建設が前倒しになり、加速していったんです」

 笠原氏は、NTC建設に当たり、アメリカやロシア、ドイツなどを施設を調べたが、参考になるものがなかったという。どれも広大な土地に体育館などが点在し、予算は莫大だった。日本は限られた土地と予算しかないのでコンパクトにせざるを得ず、28競技をいくつかに絞る必要に迫られた。そのためJOCは施設の種目をインドアスポ−ツに絞り、最終的に12の競技団体と話をして、どんな施設が必要か話をしていった。場所は、2001年に北区に完成した国立スポ−ツ科学センタ−の隣に決まった。地方ではなく、都内で選手が集まりやすい場所でなければ意味がなかったのだ。2008年1月21日、地上3階、地下1階の屋内トレ−ニングセンタ−、448名が宿泊可能なアスリ−トビレッジ、陸上トレ−ニング場、屋内テニスコ−トが完成した。北京五輪の開幕、半年前だった。

「理想は、もっと大きな敷地により多くの競技の施設と思ったのですが、敷地が決まっていたので致し方なかったですね。でも、完成して評判がすごく良かった。外国のチ−ムや指導者が非常に高く評価してくださってリピ−タ−で来るようになりました。狭いですけど、密度が濃くて、いろんな情報が共有できる。非常に日本らしいトレセンになったなと思いましたね」

 では、実際、どんな練習環境が整えられているのだろうか。現在、世界トップの内村航平らを擁する体操を例に挙げてみよう。

「ここは、五輪や世界選手権など世界の主要な大会に向けて器械器具を先取りし、代表選手たちが国内にいながら、大会の器械に技術を合わせていける場所です」。そう語るのは、体操協会マルチサポ−ト委員会委員長の立花泰則氏である。

 意外と知られていないが、体操の器械は五輪や世界選手権などでメ−カ−が異なる。

「大会によってメ−カ−が異なるのはもちろんですが、世界体操連盟が定める器械の許容範囲が広いので、それぞれ器械の特徴がまったく異なります。選手はミリ単位で器械に技術を合わせていきますし、今は高難易度の技を多くやらないといけないル−ルになっているので、現地に行って合わせるのではとてもじゃないですが、戦えない。国内にいるときから、技術を自分に落とし込んで世界の舞台と同じ器械に合わせて調整し、さらに現地で合わせていかないと勝てないのです」

 広大なフロアには、体操の全種目の器械器具が置かれている。しかも、それは単一のメ−カ−だけではない。たとえば、体操の床運動の床は、ヤンセン・フリットセンというオランダのメ−カ−とセノ−という日本のメ−カ−の2タイプが置かれている。青色の床のヤンセン・フリットセンは、2013年10月にベルギ−で開催されたアウントウェルベン体操世界選手権で使われたメ−カ−だ。日本体操協会ではその情報を得るや否やJOCと協議し、870万円を投じて購入。同年1月の時点 で、その床を保持していたのは日本と豪州のみだったという。それで練習を積み、ベルギ−での体操選手権の床運動で金メダルを獲得したのが、白井健三だった。

「白井は、納入された時からここで練習していましたね。その床がどれだけ違うのかというとセノ−はスプリングがあってベニヤ板があり、吸収材、反発材、絨毯の構造になって全体的に軟らかいんです。ヤンセンはスプリングの上に板があり、その上に絨毯だけなので硬いんです。床運動は、5、6回、大技での着地があるので、その度に減点されると最大で0.6ポイント引かれることになる。着地を含めた技の完成度を高め、減点を避けるために、白井はここでヤンセンの床に慣れることが必要だったのです」

 床だけはなく、他種目もいろんなメ−カ−の器械が揃っている。1台約20万円のロイタ−板という跳馬に使う踏み切りもアメリカ、日本、オランダのメ−カ−が揃っている。管理も徹底している。大会では、新品の踏み切りが使用されるのでバネが非常に硬い。みんなが練習するとバネが弛むので、練習場では試合に使う踏み切りは代表選手と強化選手という使用制限をかけている。これほどの規模で器械が揃っているのはNTC、コナミ、順天堂大学、日本体育大学、徳州会体操クラブだけだという。

 素晴らしいのは、充実した施設だけではない。ここでは五輪や世界選手権に向けて個人総合王者の内村航平らが練習し、ジュニアの強化選手も一緒に練習している。ジュニアの選手たちが間近で世界最高の技やメンタルや練習方法など、いろんなものに触れることができるのだ。そうした練習環境が素晴らしいのもNTCの魅力のひとつだろう。それらが今、結果に結びついてきており、さらに2020年の東京五輪につづいていくことが理想だ。

「10月に行なわれた中国での世界選手権、男子団体で金は取れませんでしたけど、メダル常連国である中国の最大のライバルになった。この結果が示すようにこの設備が出来てから競技力が確実に向上しています。それをリオ五輪、そして東京五輪へと繋げていかないといけない。ただ、あと6年、内村が世界のトップでいられるかどうかは分からないですからね。この設備を活かして白井を始め、個人総合で金が取れる選手を育成していかないといけない。と同時に今、団体が重視されてきています。野々村笙吾、加藤凌平らように総合力があってあとひとつふたつ技に磨きをかけていく選手、白井のように床や跳馬という武器があってこれからが期待出来る選手、いろんなタイプの選手を競争させて国内の競争力を上げ、団体を狙えるチ−ムを作る。ハ−ド面においては常に主要大会の最新の器械器具を揃えていく。すでにリオ五輪の器械器具のメ−カ−は発表されています。ソフト、ハ−ドの両面の充実が2020年東京五輪の金メダルにつながっていくと思います」(立花泰則氏)

 体操は、男子団体で1960年のロ−マ五輪から1976年のモントリオ−ル五輪まで5連覇を達成し、「お家芸」と呼ばれた時代の強さを取り戻しつつある。その「体操ニッポン」の復活と進化は、このNTCを抜きには語れないのである。
(つづく)

佐藤 俊●取材・文 text by Sato Shun