錦織圭が全米オープンテニスの決勝に進出した際に、なぜか過去のロジャー・フェデラーのインタビューが話題になった。

 日本人記者が「なぜ日本から世界的なテニスプレーヤーが登場しないのか?」と問われたフェデラーが、「何を言っているんだ! 日本には国枝慎吾がいるじゃないか」と答えたという。

 そのインタビュー自体はかなり前のことであり、当時はさほど話題にならなかったが、錦織圭が世界的選手へと成長したことで、再びその発言が脚光を浴びたのだ。

 ここでの問題は、フェデラーさえも敬意を示す車いすテニス界のスタープレーヤーの国枝慎吾を、多くの日本人が知らなかったことである。残念ながら障がい者スポーツは、パラリンピックなどでもない限り注目を浴びることはない。しかし、その中で国枝慎吾の存在は別格。個人スポンサーも多数ついており、ひとりのプロアスリートとして確固たる地位を築いている。

 今期は年間グランドスラムを達成し、4大大会は、ダブルスを含めると31勝。韓国・インチョンで行なわれたアジア パラ競技大会でも男子シングルスで優勝。これらはフェデラーをもしのぐ好成績だ。

 ひょっとして一般知名度が低いのは、彼が車いすテニスにおける圧倒的な王者だからかもしれない。日本人は心情的に、「強者に挑む弱者」を応援する傾向が強い。錦織圭などはその典型で、体格に恵まれないながらも、テクニックで相手を圧倒して上位ランキングを打ち破る。そのストーリー自体に酔うのだ。

 ところが国枝慎吾は、ルールの違いこそあれど、テニス界における絶対王者のひとり。ここまで世界で勝ちまくった日本人アスリートは、彼以外には存在しないだろう。その大きすぎるスケールゆえに、「判官びいき」の日本人の視界に入らなかったのかもしれない。

 しかしながら、世界での扱いは異なる。国枝慎吾には多くの個人スポンサーがついていることは前述したが、スイスの時計メーカー、ラドーもそのひとつ。「ラドーフレンド」というローカル契約ではあるが、スイスの時計ブランドと契約を結べる日本人アスリートはほぼ皆無であることを考えれば、国枝慎吾に対する評価の高さは疑うべくもない。

 ラドーは1990年代にグランドスラムを始めとする多くのテニストーナメントの公式計時を担当してきた。その後しばしの中断があったが、2011年に再びサポートを開始する。ラドーはハイテクセラミックを初めて時計業界に取り入れた革新的なブランドであり、チャレンジ精神という共通項を、テニスプレーヤーの姿に見出した。車いすテニスの王者、国枝慎吾との出会いは必然だったのだろう。

 ラドーは男子シングルスのトッププレーヤーであるアンディ・マリーもサポートしている。しかしテニスの場合、基本的には時計着用ではプレーをしないため(例外はナダルと錦織)、時計がしっかり見えるシーンは優勝後のセレモニーに限られる。となると、あらゆる試合で勝ちまくる国枝慎吾の方が、時計の露出効果は大きいかもしれない。
 
 自分の実力のみで、勝利と名声を引き寄せたプロアスリートの国枝慎吾。その雄姿を見た際には、腕元の時計もチェックして欲しい。そこに彼の最強プレーヤーとしての名声が収まっている。

【プロフィール】
国枝慎吾
1984年東京都出身。11歳から車いすテニスを始め、17歳から世界ツアーに参戦。2004年アテネパラリンピックにて、ダブルスで金メダルを獲得。2008年北京と2012年ロンドンの両オリンピックで、シングルスを連覇。ランキングはシングルス、ダブルス共に1位。4大大会にて31回の優勝を誇り、2014年の全米オープンテニスにて男子シングルス優勝を果たし、年間グランドスラムを達成した。勝利を喜ぶ彼の腕には、ラドーの時計が。

篠田哲生●取材・文 text by  Shinoda Tetsuo