欧州の名コーチ ピート・コーウェンにアドバイスを受けることもある松山だが、専属コーチは不在(撮影:福田文平)

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 新シーズンが開幕した米ツアーは、すでに米国本土を離れ、戦いの舞台をアジアへ移しつつある。欧米選手たちも以前より積極的にアジアへ足を運ぶようになった。欧米人がアジアへ、アジア人が欧米へ。選手たちの活動範囲の広がり方を眺めれば、彼らの考え方やスケジューリングの変化、そしてゴルフの国際化がいかに著しいかがよくわかる。
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 だが、そんな多様化が見られる中、ここ20年を振り返ってもほとんど変化していないのは、日本人選手たちがスイングコーチを常時帯同しない傾向だ。もちろん、それが悪いと言っているわけでは決してない。が、欧米選手の8割以上がプロフェッショナルな「第3者の目」によるスイングチェックやアドバイスを常に求めるのに対し、なぜ日本人選手はそれを求めないのか。
 現在、米ツアー参戦中の石川遼は父・勝美氏がコーチを兼ねており、スイング画像や電話でのやり取りで助言を仰ぐこともあるようだ。が、勝美氏はあくまで日本滞在だ。石川の傍らで常にチェックしているわけではない。
 松山英樹はコーチ不在。今季の開幕2試合では不調続きのパットを日暮れまで黙々と練習し、突然向上した日、再び悪化した日、どちらの場合もその原因は「なぜなんでしょう」と彼自身が首を捻った。その「なぜ」を解明してくれるコーチを付ける気はないのかと尋ねると「ないです」と即答。「どうしようもなくなって、パターを変え始めたら、そうなって初めてコーチに頼るのかなと思うけど、今はまだパターは変えてないし、今はまだ自分で解決できるんじゃないかなと思う」。
 なるほどと頷けた。コーチに対する考え方や求めるものが松山と欧米選手たちとでは根本的に異なっていると感じた。松山は「もうだめだ」と切羽詰まるまでは誰にも頼りたくないタイプ。多くの欧米選手たちは「知ってるなら手っ取り早く教えてよ」と最初から専門家の力を借りるタイプなのだ。
 そう、コーチを付ける最大のアドバンテージは「手っ取り早い」こと。道路に看板や道標があるほうが途中で道に迷うことなく、さっさと目的地に行けて「早い」「便利」。同様に、コーチを付けるほうがスイング技術や攻め方、戦い方に日頃から迷うことなく、さっさと目標に到達できて「早い」「便利」。日本では「恩師」「教えを乞う」といった、ちょっぴり重い表現をするが、欧米では10代の若い選手でも「今、コーチを試用期間中だよ」「コーチを雇おうかな」という具合。言葉の選び方にもコーチに対する考え方の違いが如実に表われている。
 コーチは絶対不可欠と考える姿勢は、タイガー・ウッズを筆頭にフィル・ミケルソンにも他の大半のトッププレーヤーたちにも共通している。ウッズが初めてコーチの指導を受けたのは4歳のとき。初代コーチはルディ・デュラン。ジュニア時代はジョン・アンセルモ。ジュニア時代後半からプロ入り後の2002年まではブッチ・ハーモンで、4代目はハンク・ヘイニー、5代目はショーン・フォーリー。そして今はコーチ不在に陥り、誰が6代目に選ばれるかが注目されている。
 ミケルソンに至っては、スイングコーチのみならず、ショートゲーム専門コーチやパット専門コーチ、メンタルコーチという具合に様々な専門家を揃え、その総合力を活用してこそスマートなフィル流であることをアピールしている。
 とはいえ、教わったことはすぐに忘れても、自分自身で苦労して学んだり身に付けたりしたことは生涯忘れないという現象は、自転車の乗り方のみならず、ゴルフにも当てはまる。バッバ・ワトソンは生涯一度もコーチを付けたことがなく、すべてが我流。だが、1度目のマスターズ制覇の際の決め手となった一打は幼少時代から自宅の庭の大木を交わしながら覚えたインテンショナルフックそのもので、「僕は自分で気づいて覚える分、他の選手たちより時間がかかるスローラーナー。でも覚えたことは決して忘れないし、僕だけのものだ」と誇らしげだ。
 石川や松山は、今のところは、このワトソンに似たタイプと言えるのだろう。だが、時間がかかると知りながら、あえてスローラーナーを目指す必要もないわけで、望むらくは諸々の「いいとこ取り」だ。何のどんな「いいところ」をどうやって採り入れるかが今後の課題になる。柔軟な考え方で石川流、松山流を築いていってもらいたい。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
<ゴルフ情報ALBA.Net>