東京オリンピック 1964の栄光、2020の展望(13)

 世界王者の内村航平が、「最大の目標は団体での金メダル獲得」という理由――。それは彼にとって、アテネ五輪での28年ぶりとなる「団体金メダル獲得」の感動が、心に強烈に焼きついているからだ。その立役者となったのが、当時のエース・冨田洋之。「美しくなければ体操ではない」と言い切り、日本の伝統であった『美しい体操』と『完成度の高さ』を体現した男だ。2008年に現役を退いたあとは、日本オリンピック委員会の専任コーチとして日本代表チームに帯同。ロンドン五輪後は国際体操連盟の技術委員に就任し、今年の世界選手権には審判として参加している。現在も世界最高レベルの技術を追い続けている冨田氏に、日本体操界が目指すものを聞いた。

「2009年からコーチとして日本代表チームに帯同しましたが、代表が決定してから2〜3ヶ月間は一緒に合宿をするので、自身の経験を伝えたり、コンディション作りを手伝うのが(選手にとって)一番必要なことだと思って、自分なりに指導をしていました。選手たちは、自分の特徴を武器に代表になったわけですから、まずはその部分を伸ばすことを考えて......。

 自分が美しさにこだわってきたからといって、それを押しつけるようなことはしないですね。ただ、日本の選手は基本的にはEスコア(※)を重視している選手が多く、難しい技ができればオッケーという考え方ではないので、それをいかに美しく、簡単にやっているように見せるか、ということへのこだわりは強いと思います」

※Eスコア=演技の完成度を示す得点で、ミスをすると10点満点から減点される。

 新しくコーチという立場になっても、冨田氏は選手の自主性を重んじるスタンスだと語る。それは、あえて教えなくても、冨田氏の求めてきた体操は後輩たちに引き継がれている......ということだろう。しかし、2004年のアテネ五輪を最後に、日本は団体で中国の壁を崩せないでいる。

「(中国との)力の差はそこまで開いているわけではないし、(日本は)勝ってもおかしくない実力を持っています。2010年と2011年の世界選手権、そして2012年のロンドン五輪では、すべて日本が自滅してしまったので......。ただ、難度の高い技を入れていかなければならないときに、ミスを出して負けてしまいました。また、内村(航平)が主軸としてずっとチームを引っ張ってくれていますけど、他のメンバーは(大会ごとで)入れ代わっています。いい意味で固定されてくる選手がどんどん生まれてこないと、日本チームとしての習熟度は高まってこないと思います」

 ロンドン五輪での反省点は、「コンディション作り」だと冨田氏は指摘する。その結果、予選ではミスが続出し、5位通過となった。さらに、決勝でも跳馬で山室光史が足をケガしたことで、すべての歯車が狂ったという。

「アクシデント後も粘り強く戦ったけど、メンバーが代わった(山室→田中和仁)あん馬だけは対応しきれなかったですね。その不運を、精神的にも肉体的にも内村ひとりに背負わせてしまったことが、彼自身のミスにつながったところもあるので......。やっぱり団体はひとりでは勝てないし、いくらひとりが頑張ってもできることは限られている。他のメンバーが、いかに内村をカバーできるような演技をやれるか、ですね」

 その意味でも今後に向けて、『ポスト内村』の育成は急務だ。今年の世界選手権では田中佑典(コナミ)が個人総合3位になったが、冨田氏がコーチを務める順天堂大学には、2013年の世界選手権で個人総合2位の加藤凌平や、今年のNHK杯で2位になり、個人総合枠で世界選手権代表を決めた野々村笙吾がいる。彼ら若手をどう育てるかも、日本体操界にとって重要なテーマだ。

「それぞれに個性や特徴があるから、それを活かして伸ばすというのを第一に考えますね。個人総合に関して言えば、今の日本の選手の力量だと、誰が選ばれてもメダルに絡んでいける能力は持っています。よって、彼ら若手も主軸となって戦うことをイメージしながら、それぞれの強化ポイントを考えています」

 順天堂大学の後輩について話を聞いてみると、加藤は身体の使い方がうまくて、失敗をしないのが特徴だという。得意にしているゆかのレベルをどんどん伸ばしながら、他の種目のDスコア(※)をいかに高めていけるかが課題とのこと。一方の野々村は、体勢がきれいでEスコアを伸ばせる選手のひとり。しかし、大事なところでミスが出てしまうのでいかに修正するかと、同じくDスコアをどこまで高めることができるかがポイントという。

※Dスコア=技の難度を得点化したもの。個々の技の難しさに応じて得点が加算されていく。

 また、冨田氏は国際体操連盟の技術委員としてルール作りに関わっているが、ルールの変更や採点の指針・傾向などを素早く日本チームに伝え、現場で活かすことも自身の役割だと語る。

「リオデジャネイロ五輪に関しては、ルールが一気に変わるということはないでしょう。よって、今年から加えた種目別のスペシャリストとともに、継続して個人総合を強化していく方向でいいと思います。ただ、リオ五輪以降を考えると、スケジュールなどすべての流れを変えなければと思っています。

 たとえば、今年は6月に代表が決まってから、10月の世界選手権までに合宿を5回やりましたけど、8月〜9月には社会人や学生の試合があったので、世界選手権に向けての集中したトレーニングや強化がしづらい状況でした。東京五輪に向けて今後は、体操関係者すべてを巻き込んで、世界大会に集中できるような環境やシステムを構築することが課題だと思います」

 試合数が多くなってくると、ケガの問題も出てくるだろう。冨田氏は現役時代、「大きな大会の1週間後に、社会人の大会などに出なければいけない時の疲労感は強かった」と語る。内村も必要のない試合には、極力出ないようにして負担を減らしているという。

 だが、伸び盛りの選手は試合数を減らしすぎると、多くの修羅場を経験できないジレンマもある。個々の選手が自分の体調に合わせて休養を取れるように、試合日程をもう一度見つめ直す必要があると冨田氏はいう。

「育成という面では、10年ほど前からジュニアを海外に連れて行き、そこで経験を積ませた効果はあると思います。たとえば、世界大会では日本と違うメーカーの器具を使っているので、それにどう対応するかも選手の経験になります。いろいろな器具を試合で体感し、それに合わせた身体の動きができるようになるのも重要ですね」

 冨田氏もジュニアのころ、海外に連れて行ってもらって多くの試合を経験した。また、海外での他国との合同合宿では、新たな発見もあったという。ロシアでの合宿では、空中での感覚を鋭くするためにトランポリンを使って宙返りする彼らの姿勢を見て、大いに刺激になったと語る。

「ジュニアの強化は、ある程度の方向性が示せていると思います。しかし、『体操の普及』という面では、まだまだという気がします。体操を知ってもらう機会が増えれば、オリンピックを志(こころざ)す子どもも増えて、『ポスト内村』のような選手が出てくる可能性は高くなりますので」

 体操をテレビで見ている人の多くは、『自分にはとてもできない動きを選手たちはやっている』と思っているだろう。だが、冨田氏は現役時代から、難しいことだと思われないように演技することを心がけてきたという。練習をすればバック転もできるようになるんだよ、という認識を持ってもらいたいと。

「今の風潮は、なんでも『危険だから』という理由で子どもの遊びを制限する傾向にあるし、体操も危険なスポーツだと認識される可能性があります。だから、安全に体操のできる場所を多く増やすことが第一だと考えています。そして、その場所に足を運んでくれた子どもたちが、くるくると回ってみたいという衝撃にかられる環境を作りたいですね」

『体操は本当に身近なスポーツなんだ』という感覚を、より多くの人に持ってもらうこと――。それが今、冨田氏の目指していることだ。


【profile】
冨田洋之(とみた・ひろゆき)
1980年11月21日生まれ、大阪府出身。順天堂大学助教、体操競技部コーチ。8歳から体操を始め、2004年のアテネ五輪では日本チームのエースとして出場。団体総合で28年ぶりの金メダル獲得に大きく貢献する。翌年の世界選手権では日本人選手として31年ぶりとなる個人総合で優勝。北京五輪後に現役を引退。現在は国際体操連盟の技術委員としても活動している。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi