「ボランティアでも人の役に立っていれば仕事。コンピューターを打つ仕事の人、アフリカで注射を打つのが仕事の人もいるわけで、人に役立つのはぜんぶ仕事。役立たないのは仕事じゃない」。「30歳で挑戦するより21、22で挑戦したほうが失敗しても立ち直るのが早いと思った」。この人に賭けてみたいと思わせる芯の強さが伺える飯田語録【撮影/『DACO』編集部】

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バンコク発ビジネス・生活情報誌『DACO』編集部が、タイの日本人起業家たちを訪問し、その苦労、楽しみ、成功の秘訣を聞いてみた。久しぶりの2回目は、大学4年生の就職活動で経営者らの話を聞くうちに就職より起業することを選択。その後輸入代行事業の立ち上げでタイに拠点をつくり、現在は薬局の運営に携わる飯田直樹さんの登場です。

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BLEZ ASIA Co., Ltd.
飯田直樹さん(CEO)

大学卒業を1年のばして起業

 飯田直樹さん(25歳)が事業を起こしたのは大学4年生のとき。就職活動を通して知り合った中小企業の経営者らに直接会って話を聞いているうちに、「自分も」と決意する。すでに内定はもらっていたが、「自らの作り出した未来に向かい生き生きと働いている人たちを見て、自分もこうなりたい」と素直に思った。

 経営者らに起業について相談すると、いとも簡単に「じゃ、やればいいじゃない」と言う。確かに今やらない理由はない。しかし不安もある。そこで、「失敗したらまた4年生として就活すればいい」と故意に単位を落とし、卒業を1年のばして個人事業主としての届出を出した(2010年1月)。

 友だちは銀行や証券会社、メーカーに就職した。飯田さんは起業を選んだ。カネもコネもない飯田さんが手がけたのは、ネットで商品販売をする事業者に在庫管理システムを売る仕事だった。

 単位の大半を大学3年生までに得ていたので1年間仕事に没頭できたが、友人たちは初任給20万円、30万円と入ってくるなかで、自分はマイナス。「銭湯に行くお金もなかったから風呂も週に一度、ご飯はカップ麺か富士そば」。会社に住み込み、借金返済のために月430時間は働いた。

 10カ月ほどこのような生活が続いた後、事業がプラスに転じる日が来た。何もないところからひとりで始めて、ひとりで立った。飯田さんの自信になった。

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