新潟県中越地震の震源地である新潟県北魚沼郡川口町の田麦山地区で、被災者のために救援活動やコミュニティ紙の発行をしている「田麦山ボランティア事務局」がある。その責任者の伊坂孝史氏から阪神大震災から10年を期に、ボランティア活動に関する視点について投稿していただいた。それを紹介する。

いま、ボランティアに求められているもの
田麦山ボランティア事務局 伊坂孝史


 10年前の阪神大震災や昨年末の中越大地震をはじめ、さまざまな自然災害の被災地で活動された(している)ボランティアの皆さん、大変ご苦労さまです。

 私たち「田麦山ボランティア事務局」は、行政が関与している一般のボランティアセンターとは異なり、民間のボランティアだけで運営されています。私たちが活動を行っている川口町の田麦山地区では当初、町がボランティアを受け入れない方針だったため、民間有志が当地区のボランティアの受け入れ窓口として同事務局を設立しました。町はその後、行政主導の「川口ボランティアセンター」を立ち上げ、現在ではそこと協力して活動を続けています。

 幸い、田麦山地区ではボランティアと住民とのコミュニケーションがうまく運び、活動がとてもスムースに進んできたように思います。これは、私自身が被災者に近い立場にあり、ボランティアと住民との間の橋渡し役になれたことだと思います。私は5年前からこの地域で稲作をしており、居住者ではありませんが、住民のかなりの方と顔なじみです。そして、半自給自足的なこの地域の人々の生活観にいくばくかの理解がありました。力強く生きている人たちばかりで、この地域内には農業のほかに、土建業、建設業、設備業など、さまざまな業種の方がいて、地域内でたいていのことは完結してしまいます。

 昔から大変がまん強い住民の人たちに、ボランティアセンターからやってきた人たちが「何かお困りのことはありませんか?」と聞いて回っても、せいぜい「家がないのが困ります」というくらいの返答しか出てきません。阪神大震災のイメージのままのコーディネーターが来ても、この中山間地の災害に対応できていないように私には思えました。普段から「ボランティア活動とはかくあらねばならぬ」と考えている人ほど、今回の災害では役に立たなかったのではないでしょうか。

 先日、記録的な大雪でJRの在来線が止まったため、バスで移動しようと停留所にいったところ、国道の除雪で待合室の入り口に高い雪の壁ができていました。何人かのおばあさんたちが入れないで困っていたため、目と鼻の先のボランティアセンターに電話をして、雪かきをしてもらおうと思いました。ところが、「まず書類を作らなければならない。住民の誰からの要請かがわからないと動けない」と言われ、愕然としました。今、目の前に困っている人がいるのに、それを見に来ようともせず、書類うんぬんという官僚的な対応が常態化しているボランティア活動とはいったい何なのか。書類をつくる間に、どうしてスコップ1本持って飛んで来られないのか。
 
 ところで、今回の中越大地震ばかりでなく、各地で起きた水害や、近々予想される東南海地震、また決して低い確率ではない東京直下型地震など、いまや日本中のどの地域でどんな災害が起こっても不思議ではない状況にあります。もちろん、世界のどの地域でもです。災害救援にはボランティアの存在が欠かせないものになっていますが、災害が起きた時点でボランティアセンターを立ち上げるのではなく、ふだんから防災意識をもっている住民が多くいれば、「いざ」というときに、私のようなボランティアとの橋渡し役(ミドルマン)となれる人間が現れるのではないでしょうか。

 たまたま私は神戸で生まれ、神戸の震災のときは、住んではいませんでしたが、ボランティアとして現地に滞在し活動をしました。その経験から、田麦山の避難所の運営でも先手、先手を打つことができたように思います。今回の災害でボランティア活動を経験された皆さんは、今後自分の住んでいる地域で防災意識を高めるよう、周りの人に伝える義務があるのではないかと考えています。【了】


写真は、田麦山ボランティア事務局の責任者、伊坂孝史氏(撮影:吉川忠行)