アジア大会ではキャプテンを務めた大島。手倉森監督から任命された時は「しっかり受け止めきれなかった」と振り返った。(C) SOCCER DIGEST

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――日本に帰国してから、先のアジア大会を映像で振り返ったりはしましたか?
「あまり見返したりはしてないですね。一回ぐらいかな? 韓国戦と、あとイラク戦も観ました」
 
――改めて、今回のアジア大会は自身にとってどんな大会でしたか?
「U-19時代もいろいろと初めて経験することがありましたが、今回はキャプテンを任されたり、(国際舞台で)ポジションもセンターでやれたのはわりと初めてだったし、上の世代の選手と対戦できたりと、いろんなことがいい経験になりました」
 
――キャプテンは、直前キャンプの練習試合でも務めていて、その時になんとなく気づいてはいた?
「いや、自分は(遠藤)航だと思っていて。でも当時、航が体調を崩していたじゃないですか。で、航の代わりとして最年長の自分が、というぐらいにしか考えてなくて。キャプテンマークも、何気なく普通にポンと渡されたので」
 
――手倉森誠監督は、最初から大島選手に任せるつもりだったと思うのですが?
「そういう話は特にしていないんです。キャプテンの話もメディアの方から聞いて、その後に監督から『聞いたか?』って(笑)。『キャプテンにすると思うから』と言われて。たしかそんな感じでしたね」
 
――最初はどう思いました?
「さすがに断るわけにもいきませんし、でも、その時はしっかり受け止め切れなかったかなと思います。ちゃんと整理できなかったですね。もう、高校の同級生とかに聞きまくりました。『やばい、キャプテンなんだけど』って(笑)。たぶん、自分をよく知っている人なら、誰も想像がつかなかったんじゃないかな。それぐらい自分も驚いていたので。いろんな助言をしてもらったなかで、上手くできたのかもしれませんが」
 
――キャプテンという立場は、自身にどんな影響を及ぼしましたか?
「キャプテンとして、どういう風にプレーすればいいのかが分からなかった。これまで、声を張り上げてチームを鼓舞したことはあまりなかったし、自分のプレーをしながら、チームのことも見なければいけないっていうのがすごく難しくて。フロンターレでは最年少で、でも代表に行けば年上になる。まずそこで違いがあるのに、なおかつキャプテンですからね。自分のプレーとチームのこと、そのバランスをうまく取れたかと言えば、自分としてはできていないような気がしますし、でも拓(岩波拓也)とか航とかキャプテンを経験したことがあって、チームを盛り上げられる選手もいたので、もっと自分のプレーに集中しても良かったのかなとかも思ったりしますね」
 
――力を出し切れなかった?
「いや、キャプテンを任せてもらって、できなかったことも含めてそれが自分の実力なので。出し切れなかったというより、自分の実力の低さを認識できました。そこは整理できていると思います」
 
――でも実際にキャプテンをやってみて、悪いものではない?
「フロンターレに戻ってきて、やりたいかと言われれば、悩みますね(笑)。ただ、試合で“やらなければ”という気持ち、チームを良くするためにという想いは、フロンターレに戻ってきても続けていかなければ、と思っています。韓国に行く前に、スタッフの人から『何か得て帰ってきたほうがいい』と言われてもいましたので」
――キャプテンらしい仕事で特に意識したことは?
「ある時、(矢島)慎也から『ミーティングしませんか?』と言われたことがあったんです。たしか、イラク戦の後だったと思います。それで航とも話し合って、じゃあどこかのタイミングでやろうか、みたいな感じでいたんです。でも、通常のミーティングもあるなかで、過密じゃないけど、なにかしら予定があったりして、時間的にそこまで余裕がなかったんです。大会期間中は缶詰めの生活をしているなかで、みんなの自由時間を奪ってまでサッカーについて考えさせて、それが逆にストレスに感じるぐらいなら、自由な時間のほうが必要なんじゃないかとか、いろいろ考えていたら、気づけば韓国戦の前日でした。