痛みとアドレナリン

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 こんにちは、アスレティックトレーナーの西村 典子です。

 少々ケガをしてようが、ケガをおして試合に出場する選手は少なくありません。アスレティックトレーナーという立場からは「なるべく良いコンディションで試合に臨めるようにしたい」という思いはありますが、「これ以上コンディションを悪化させないように」とさまざまなケースを想定しながらサポートし、選手を試合に送り出すということもあります。

 こうしたケースはまず痛みを最小限におさえ、運動機能をなるべく損なわないようにしながらプレーすることが重要になってきます。今回は痛みのメカニズムや痛み止めなどの薬を使ったコントロール、そして試合などで痛みを忘れてしまうというアドレナリンの影響についても調べてみました。

痛みのメカニズム

【急性スポーツ外傷】 スライディングで膝をすりむいた、身体にボールが当たった、突発的な動作で肉離れを起こしたといった、プレー中などに突然起こったケガの場合、皮膚や骨・筋肉・靱帯・結合組織といった組織が傷つき、そこから痛みを感じさせる化学物質が血流に流れ、脳がそれを感知して「痛い」と感じます。

 急性スポーツ外傷では炎症症状(患部が腫れる、熱くなる、赤くなる、痛みなど)が顕著に見られ、傷んだ組織が修復し、炎症症状がおさまれば自然と痛みは和らぎます。こうしたケガにはRICE処置で患部を冷却して炎症症状をおさえることで、より早く痛みを和らげることが可能です。

【慢性スポーツ障害】 肩こりや腰痛といった継続して痛みを感じているケガ、しびれを伴うような痛み(座骨神経痛、胸郭出口症候群など)の場合、筋肉の柔軟性が低下して血管を圧迫し、血流が悪くなることで組織内に酸素不足が起こります。こうしたことを感知して痛みを感じさせる化学物質が血液中に放出され、やはりこれを脳が「痛い」と感じます。この場合は組織が大きく損傷しているわけではありませんので、炎症症状などは見られません。筋肉の硬くなっている部分をストレッチやマッサージ等でほぐす、入浴などで血流をよくすることが痛みを和らげることにつながります。

 痛みはケガの部位から末梢神経を通して脳へ伝えられる痛みの他に、末梢神経そのものがダメージを受けていて感じる痛み、脳や脊髄など中枢神経がダメージを受けて感じる痛み(交通事故など)、そして身体や末梢神経には問題がないのに感じる心因性の痛みがあると言われています。

 特に腰痛は心因性の痛みが大きく影響しているといわれ、「病院でMRIやレントゲンなどさまざまな検査を行っても異常がない、筋肉の柔軟性などにも問題が見当たらない、でも痛い」というケースがよくあります。腰痛を発症してから1ヶ月以上経過したものについては、心理面でのケアも重要になってくると指摘する専門家もいます。

痛み止めが効くケガと効かないケガ

痛み止めの薬は効く場合と効かない場合がある

 アスリートの皆さんが病院や薬局で処方される痛み止めは、ほとんどが非麻薬性鎮痛薬(NSAIDs)と呼ばれているもので、代表的な薬として「ロキソニン」や「ボルタレン」、「アスピリン」などが挙げられます。こうした消炎鎮痛(しょうえんちんつう)剤と呼ばれる薬は、痛みをしずめる鎮痛作用と炎症を抑える働きがあります。

 突発的に起こるケガ(急性スポーツ外傷)の場合、炎症症状がありますので、消炎鎮痛剤を服用すると痛みを緩和する効果が期待できますが、慢性的なケガの場合、炎症症状があまりみられないため、薬を飲んでもあまり効果を感じないということになります。

こうした消炎鎮痛剤は血管を収縮させるため、慢性的なケガのケースに個人判断で使用すると、さらに悪化させてしまうリスクもあることを覚えておいてください。

[page_break:アドレナリンは痛覚を麻痺させる? / 痛みに強い?痛みに弱い?]

 たまに選手から「少々痛くてもアドレナリンでカバーします」なんて仰天発言を聞くことがあるのですが、アドレナリンは痛みを抑える効果があるのでしょうか? そもそもアドレナリンとはどんな物質なのでしょうか。

アドレナリンは痛覚を麻痺させる?

プレー中はアドレナリンで痛みを忘れることも?

 アドレナリンは体内(副腎)で生成され分泌されるホルモンであり、神経節や脳神経系における神経伝達物質としての役割もあります。交感神経が刺激されると分泌され、心拍数や血圧を上げる、瞳孔が開く、血中の血糖値があがるといった作用があります。緊迫した場面や試合時などでは交感神経が興奮状態にあるため、アドレナリンが分泌されて運動器官に血液が多く流れるようになり、感覚器官の感度が上がると言われています。

 このことからアドレナリンの影響で、通常の状態とは違った、いわゆる「火事場の馬鹿力」であったり「実力以上のパフォーマンス」を発揮することもあると考えられているのです。

 一方でアドレナリンが大量に体内に分泌されると、痛みを感じる感覚器(痛覚)も麻痺することから、痛みを「忘れて」プレーすることが可能になることもあります。

 こうした状況下でプレーをすると、もともとあったケガの痛みをあまり感じなかったり、たとえプレー中にケガをしても気がつかないというケースも考えられます。ラグビー元日本代表の平尾 剛さんは優勝が決まる大一番の試合で、「骨折したことにさえ気がつかなかった」と語っています(参考書籍:「近くて遠いこの身体」)。

痛みに強い?痛みに弱い?

 痛みはケガをした部分が発痛物質などを出現させることによって、脳が痛みを感じるわけですが、こうしたメカニズムには個人差があります。よく痛みに強い選手、痛みに弱い選手と表現されることもありますが、今までのケガの経験(回数や程度など)であったり、痛みの感度などによっても変わってくると考えられます。

 私の経験で言えば、すねの疲労骨折を起こしていても「そんなに痛くない」という選手もいれば、歩けないほど痛いという選手もいました。痛みの尺度は個人によって大きく違ってくるため、トレーナーとしては痛みを「0(何もない)〜10(一番痛い)」の10段階で主観的に評価してもらい、その経過を追うことで痛みを管理するといったことも行っています。10から5になれば「痛みがおよそ半分になった」と考えられますし、10から2になれば「痛みは8割方緩和している」と見当をつけることが出来ます。

 慢性的な腰痛などで痛みを抱えている選手は、野球ノートにこうした痛み度数を記録しておくとよいでしょう。前日の練習やコンディショニング内容を照らし合わせて、ストレッチをした日は痛みが軽くなる、アスファルトでのランニング量が多くなると痛みが増す、といった傾向がみられるかもしれません。自分のコンディショニング状態をチェックし、痛みと上手につきあいながら、決してムリをしないように心がけたいものですね。

 

【痛みとアドレナリン】

●痛みは急性スポーツ外傷と慢性スポーツ障害ではそのメカニズムが違う●急性スポーツ外傷は、炎症症状があり、RICE処置や痛み止め(消炎鎮痛剤)が有効●慢性スポーツ障害は、血流の悪化により痛みを発症するため、血流をよくするストレッチ、入浴などが効果的●アドレナリンは体内で生成・分泌されるホルモンであり、神経伝達物質として働く●アドレナリンは痛みを感じる感覚器を鈍麻させることから、痛みを「忘れて」プレーするといったことが起こる●痛みの尺度には個人差があるので、10段階の主観的評価方法を用いるとわかりやすい

(文=西村 典子)

次回コラム公開は11月15日を予定しております。