0―4で惨敗した先日のブラジル戦。ベストメンバーで戦わなかったアギーレに対して、異議を唱える人が多くいる。

 先日もJリーグの試合をテレビで見ていたら、実況アナと解説者とゲストの3人が、こんなやりとりをかわしていた。

ザッケローニならあのような思い切った人選はしなかったでしょうね」(実況アナ)

「もっと良いメンバー、ベストメンバーでやって欲しかった」(ゲスト)

「テストの意味合いが強すぎた、代表は代表選考の場じゃないですから。選ばれし者がプレイするところ。僕みたいな凡人が入れない場所ですので」(解説者)

 ブラジル戦は本番ではない。親善試合だ。代表チームの本番は4年に一度のW杯。親善試合で何十勝しても、本番で1勝もできなければ、親善試合の勝利は、勝利を意味しない。

 目の前の勝利に拘るあまり、4年間のプランニングを誤ってしまったのがザッケローニだった。岡田さんもジーコもしかり。目先の勝利を欲しがり、本番が近づくと失速するパターンに陥った。岡田さんは、本番南アW杯初戦にぶっつけ本番の奇策を敢行。メンバー、布陣を一新する博打に打って出たことが奏功し、ベスト16という結果を得ることができた。だが、これは結果オーライの産物であることも事実。すなわち日本は、W杯に向けての長期プランを3大会続けて誤ったことになる。強化を本番から逆算して考えることができない体質が、日本のサッカー界には染みついてしまっている。

 W杯の重みがまだ分かっていない。そう言いたくなるが、日本のサッカー界には、その体質、気質を正してくれる人物が必要なのだ。アギーレはうってつけの人物。代表監督に不可欠な資質を備えた人物と言えるが、その考え方は異文化だ。多くの人は、異文化を目の前にすれば、戸惑いを覚える。

「9月、10月、11月に行う6試合は、来年1月に行われるアジア杯のための準備試合。選手選考を兼ねた試合になります」。アギーレは会見でそう述べたにも関わらず、前述の解説者は「代表は代表選考の場ではない」と、その考え方を、テレビ解説の中で真っ向から否定した。

 W杯本大会出場が夢だった頃は、それで良かった。「代表はいつ何時もベストメンバーで臨むもんや」とは、加茂周元監督の口からよくでた台詞だが、4年間の長期計画を練る必要がなかった時代は、それがスタンダードな考え方だった。一戦必勝こそが代表のあるべき姿だった。テストの度合いはいまより断然低かったので、日本代表は今以上に狭き門だった。

 代表への憧れが強かった元選手ほど、テストという言葉にアレルギーを持っている。アギーレの考え方に否定的だとは、僕の見立てだが、この気質はファンにも確実に存在する。彼らに強い影響を与えるメディアが、なにより目先の利益を欲したがっているからだ。テストと言ってしまっては、視聴率は稼げない。販売部数も伸びないのだ。

 アギーレは、異教徒扱いされかねない状態にある。前途多難。代表チームのそのものより、僕は世の中とアギーレの関係の方が心配になる。

 とはいえ、アギーレは自ら進んで日本にやってきたわけではない。独断で布教活動にいそしんでいるわけではない。招いたのは日本サッカー協会。原博実専務理事を中心とする技術委員会のスタッフが、4年も前から目を付け、狙っていた人物だ。

 アジア杯に向けた準備試合とした9月、10月、11月に行われる6試合の位置づけも、協会内で協議を重ねた上で判断になる。アギーレがひとりで勝手に考えたものではない。

 原専務理事は、もっと積極的に表に出るべきだと思う。ブラジル戦をはじめとする6試合の位置づけも、原専務理事が先頭に立ち、その異文化について日本語でキチンと説明すべきなのだ。アギーレひとりを表に立たせるのは、得策ではない。サポート態勢が弱い気がする。