第43回:逸ノ城

大相撲秋場所(9月場所)は、
若き「新星」の登場に沸いた。
モンゴルの巨漢、逸ノ城である。
優勝争いまで演じたその"大器"について、
横綱が語る――。

 スポーツの秋――私たち大相撲力士一行も、10月10日からの秋巡業で全国各地を回っています。

 秋巡業の初日は、神奈川県・横浜市。開場が13時で、打ち出し(終了)が20時というナイター興行でした。通常、巡業は朝8時から15時くらいまでというスケジュールですが、開催時間を遅らせることで、昼間仕事をしているサラリーマンの方々も観戦が可能になります。おかげで、この横浜巡業では仕事を終えた方々が夕方以降にたくさん足を運んでくれて、大いに盛り上がりました。各土地によって、さまざまな状況があると思いますが、こうした試みも時には必要だな、と思いましたね。

 さて、先の大相撲秋場所(9月場所)は、ひとりの"若武者"の登場もあって、連日大入り。満員御礼が、15日間中14日間も出るという、近年では稀(まれ)に見る盛況な場所となりました。

"若武者"の名は、逸ノ城。モンゴル、遊牧民族出身の21歳です。

 十両だった名古屋場所(7月場所)でも、優勝決定戦に進出。優勝こそ、元三役の栃ノ心に譲ったものの、13勝2敗の好成績を残しました。当時はまだ、「おっ、意外にやるな」というくらいの印象しかありませんでしたが、初土俵から5場所目という、脅威のスピード出世で新入幕を果たした実力は本物でしたね。

 前頭10枚目で挑んだ秋場所、逸ノ城は初日から6連勝。7日目に前頭5枚目の勢に敗れたものの、その1敗をキープして、全勝の私にぴったりとついてきました。

 新入幕の力士というのは、幕内の先輩力士たちがその相撲っぷりを研究していないこともあって、初日から勝ち星を重ねることがよくあります。それでも、上位陣との対戦となると、そう簡単には勝てないものですが、逸ノ城は11日目に組まれた大関・稀勢の里との一番をはたき込みで勝利。翌12日目にも、新大関の豪栄道を上手投げで仕留めてしまったのです。

 連日の大関戦にも臆することなく、堂々とした相撲で白星を重ねた逸ノ城。「モンスター、現る!」と、各メディアにも大々的に取り上げられ、国技館を埋め尽くしたファンの方々も、彼の相撲にクギ付けとなっていました。

 大きな注目を集める中、逸ノ城の勢いは止まりませんでした。13日目には、横綱・鶴竜と対戦。稀勢の里戦と同様、立ち合いからのはたき込みを決め、新入幕にして金星まであげる快挙を達成しました。

 こうして、13日目が終わった時点で、その日に大関・豪栄道に敗れた私と、逸ノ城が1敗で並ぶ、という状況になったのです。そして翌14日目、私と逸ノ城が激突しました。

「私が、逸ノ城の盾になる!」

 逸ノ城との対戦を前にして、私の思いはそのひとつでした。それは、長らく横綱を張ってきた、私のプライドでもありました。

 逸ノ城については、私なりに分析をしていました。ここまで白星を伸ばしてこられたのは、ふたつの理由があると考えていました。

 ひとつは、身長192cm、体重199kgという恵まれた体格です。その武器を存分に生かした圧力に、多くの力士が屈していました。

 もうひとつは、対戦相手が逸ノ城の相撲を知らなかった、ということです。なにしろ、逸ノ城は昨年3月まで高校生だったんですからね。4月に社会人となって、『実業団横綱』のタイトルを獲ったのが、9月のこと。その後、幕下15枚目格付け出しで初土俵を踏んだのが、今年の初場所(1月場所)。そこから一気に幕内まで駆け上がってきた彼と、幕内力士の多くが直接肌を合わせていないのは、当然のことでもありました。

 でも私は、彼と肌を合わせた経験がありました。彼が高校時代、鳥取城北高校相撲部の土俵で、逸ノ城こと、イチンノロブくんに胸を貸して、稽古をつけていたのです。

 そのときの率直な感想は、「重たいなぁ」でした。このひと言に尽きますね。

「重たい」というのは、単に体重が思いということではなく、肌を合わせたときに、相手にずっしりと伝わる、相撲ならでは"重さ"です。その当時は、まだプロの道に進むかどうかは決まっていませんでしたが、私の頭の中には「鳥取のイチンノロブ」という存在が、完全にインプットされました。

 そして迎えた、プロとしての初対戦。私は、とにかく逸ノ城に上手を取らせないことを心掛けました。そのうえで、彼の"重さ"も、彼の相撲も知っていたこともあって、タイミングよく上手出し投げを決めて、勝利することができました。

 ただ、取り組みの途中、私は慎重になり過ぎて、ひと呼吸置く瞬間がありました。その際、逸ノ城は私を抱え込んできました。大きな体をしていながら、相手の一瞬の隙を逃さない相撲の"うまさ"がありました。これもまた、彼の快進撃を生み出した理由のひとつだったと思います。

 最終的に、逸ノ城は13勝2敗で殊勲賞と敢闘賞のダブル受賞。新進気鋭の"モンスター"が、大いに秋場所を盛り上げてくれました。今後の動向からも目が離せませんね。

 一方、秋場所ではベテラン勢も奮闘しました。35歳の安美錦が10勝5敗の成績を残して技能賞を受賞しました。また、40歳の旭天鵬関も幕内15日間を戦い抜いて、見事勝ち越しました。40歳台の幕内力士というのは、60年ぶりの快挙ですし、"レジェンド"としての存在感を改めて示した旭天鵬関にも、個人的には敢闘賞をあげてもよかったのではないかな、と思っています。

 最後に、私も31回目の優勝を成し遂げることができました。これも、普段から応援してくださっているファンの皆さんのおかげ。本当に感謝しております。

武田葉月●文 text&photo by Takeda Hazuki