鵜呑みにすると超危ない!? 売れ筋ビジネス書のトリセツ

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スキルアップ、転職のためにと、多くのビジネスマンはせっせと本を読む。しかし、「ベストセラーだから」などと盲目的に信じ込む読み方は非常に危険である。

■本に啓発されて、入社1年で会社を辞めた

《会社をやめて別のことをしたいのなら、あとはどうなるか、なんてことを考えないで、とにかく、会社をやめるという自分の意志をつらぬくことだ。

結果がまずくいこうがいくまいがかまわない。むしろ、まずくいった方が面白いんだと考えて、自分の運命を賭けていけば、いのちがパッとひらくじゃないか》(岡本太郎『自分の中に毒を持て』青春文庫)

12年前の冬、筆者はこの文章に背中を押され、転職先も決めずに新卒入社の会社を辞めた。以来、フリーライターとして何とか食えてはいるが、「慎重に転職活動をして良き会社に移っていたら、もっと安泰な人生になっていたかも」と振り返ることもある。

筆者のように、自己啓発本やビジネス書に啓発されて生き方や働き方を変えることが悪いとは言わない。しかし、「アンチ会社」を勧める本は、鵜呑みにしないよう注意が必要だと、人事ジャーナリストの吉田典史氏は言う。

「いま、現場の部課長レベルが権限を持つようになっています。そんな環境下で『私の仕事ではないのでやりません』などと安易に上司に逆らうべきではありません。職場に居場所がなくなってしまいます。職務遂行能力はあくまで職場の文脈上で発揮すべき。その意味で最も怖い本は、佐高信さんの『逆命利君』(岩波現代文庫)です」

『逆命利君』はバブル期にヒットした実録経済小説であり、住友商事元常務が管理体制の会社に反逆し続けた痛快な物語だ。吉田氏の友人はこの本に感化され、上司と大いにぶつかった。

「彼は東大卒の優秀な新聞記者でした。でも、上司にいろいろ言ったことが原因で九州支社に飛ばされて、後に転職してからは音信不通です」

ビジネス書にはマーケティングやファイナンスなど特定の知識を教える本も多い。読んだだけでスキルアップしたと勘違いして職場で浮いてしまう場合もある。しかし、最も注意が必要なのは「働き方本」なのだ。

吉田氏によれば、1980年代と90年代を通して人気を博していた佐高氏や大前研一氏の流れを汲んで2000年代に登場したのが、勝間和代氏である。

「彼らの共通項を一言で表現すると、アンチ会社なのです。納得できないことは上司命令でも拒否してかまわない、仕事が忙しくてもさっさと帰りましょう、とにかく自分の力を磨きましょう、と推奨しています」

勝間本を読むたび吉田氏が思い出す部下がいる。出版社勤務のときだ。

「休日出勤を頼んだら、『吉田さんと編集長の仕切りが悪いのだから、2人が責任を取るべきです。私は4カ月前に予約したコンサートに行きます!』と、皆の前で言われて絶句しました」

豪快な文章につい心を奪われてしまいがちだが、万人向けに書かれた本などありえない。自分の立場をわきまえて読むことが必要だ。

「小笹芳央さんの『モチベーション・マネジメント』(PHP文庫)もやる気を増すために職場のレイアウトを変えよう、と提案していますが、会社員のマネジャーにそんな権限はありませんよ。明らかに中小企業の経営者向けの本です」

■その本は、自分に合っているか?

理不尽な人事がまかり通る会社に鬱々とした気持ちを抱いている人は少なくない。「半沢直樹」がヒットしたのも、ストレス解消のためだろう。ただし、会社員でありながら会社を憎み続けるような働き方は現実的ではないのだ。『なぜ、勉強しても出世できないのか?』の著者である佐藤留美氏は、2冊の最新刊を俎上に載せる。

「ちきりん著『未来の働き方を考えよう』(文藝春秋)は読み方によっては危険です。40歳から新しいことを好きに追求しようというのは、スキルが高くて養うべき家族がなくて、お金にも困っていない人の意見です。つまり、大半の人には当てはまらない。子育て中のお父さんが真に受けていきなり会社を辞めたりしたら、一家離散の危機ですよ」

同書がひたすら「自分」に関心を寄せている点にも違和感があるという。

「40代は中間管理職として後輩を育てる世代です。職場でも家庭でも他者に関心がなければならない年なのに、なぜ『自分』なのでしょうか」

もう1冊は、本田直之『あたらしい働き方』(ダイヤモンド社)だ。旧態依然とした会社を知名度だけで選ぶのではなく、新しい基準で自分に合った会社に入社することが「ハッピー」につながると説いている。

この本の注意点は、パタゴニアやスタートトゥデイに代表される取材先企業の「偏り」にあると、佐藤氏は指摘する。

「会社員で自由な働き方が許されるのは、オーナー企業でトップに好かれている期間に限られます。宗教と同じですよ。トップが教祖様で社員はみな信者。ハマっている間はすごくハッピーかもしれませんが、熱が冷めたら一気に嫌になるリスクがあります」

逆に言えば、本田氏のガイドを参考にして、自分にハマる企業を見つけてリスク覚悟で入社するのであれば幸せに働けるかもしれない。

■ベストセラーでも、腑に落ちない本は無視

前出の吉田氏によれば、1対1の空間で著者と深く対話する読書は、テレビやネットと比べても影響を受けやすく、危険度が高い。では、数多くの「売れ筋ビジネス書」とうまく付き合うにはどうすればいいのか。

「ビジネス書のエッセンスは第1章と目次に凝縮されています。パラパラと立ち読みすれば、自分の腑に落ちるかを判断できる。落ちない本はベストセラーでも無視しましょう」(吉田氏)

ちなみに、筆者が最近「腑に落ちる」と感じたのは、渡邉正裕『10年後に食える仕事 食えない仕事』(東洋経済)だ。

グローバル時代の職業を「スキルタイプ」と「日本人メリット」の2軸で大胆に切り分け、それぞれに処方箋を出している。筆者も、読後は余計なスキルアップ努力やキャリアチェンジ妄想が激減し、目の前の仕事に集中できた。高揚感よりも納得感を重視すれば、自分に最適なビジネス書に出合えるのだ。

(大宮冬洋=文 早川智哉=撮影)