韓国で開催されている仁川2014アジアパラ競技大会を戦う、ウィルチェアーラグビー日本代表は、史上初の金メダルを獲得。この大会(※)の初代王者に輝いた。
※アジアパラ競技大会は2回目だが、ウィルチェアーラグビーの開催は初めて。

 大会には普及途上のマレーシアとインドネシア、世界ランキング24位の韓国、そして、リオパラリンピックで悲願のメダル獲得を狙う世界ランキング4位の日本の4カ国が出場した。総当たり2回の予選リーグで、負けなしの6勝だった日本は、決勝で韓国を60対40で下し、全勝優勝を飾った。

 もっとも世界ランキング4位の実力を持ってすれば、日本の優勝は順当な結果と言える。ターゲットとするのはオーストラリア、アメリカ、カナダの世界トップ3であり、アジアで負けている場合ではない。だが、リオそして東京パラリンピックを視野に入れた若手強化の機会としてこの大会はとても意味のあるものになった。

「選手だけではなく、スタッフも若手ばかり。コーチも試行錯誤だったが、みんながついてきてくれて自信になった」とアシスタントコーチの三阪洋行氏は語った。

 若手中心のチーム編成とはいえ、世界ランキングに影響する大会だった。キャプテンを務めた中堅の若山英史は「内容を求めつつ、勝ちにいかなくてはならない。そんな中で若手がたくさん試合に出て、さらに、それだけではなく若手だけでラインをつくる場面でも自分たちで(連係プレイを)突き詰めることが最後までできた」と振り返る。

 競技歴1年の乗松聖矢は国際大会の決勝で、初のスタメンを勝ち取った。「日に日に(コート上での)視野が広がっていくのを感じた。いまラグビーが楽しくて仕方がない」と話す。初めて日の丸を背負った大学生の菅野元揮は「自分で試合の流れを読んだり、他のプレーヤーをコントロールしたりできるようになった」と実感を口にし、「このまま成長し続け、6年後の東京パラリンピックにピークを持っていきたい」と続けた。

 決勝では、一度も韓国にリードを許さず、序盤からエースの池崎大輔、パラリンピック3度出場のベテラン仲里進が韓国に襲いかかり、ボールの所有権を奪うと、トランジション(切り返し)の速い乗松にボールを回す形で得点を重ねた。

 第2ピリオド、エースの池崎に代わり、同じ障害クラスの選手がコートに入った。まだあどけなさの残るチーム最年少の18歳、和知拓海だ。

「落ち着いて走れ」と、中堅の山口貴久が声をかける。

「韓国の声援がすごくて、国際大会ってこんなアウェイがあるんだなとびっくりしました」と言う和知を山口がリラックスさせ、コミュニケーションを密に取り、セットのポジションを確認した。だが、それでも和知は思うようにパスをつなげられなかった。その後、メンバーチェンジで入ったベテラン庄子健らのフォローで冷静さを取り戻すと、着実に得点を重ね、終わってみれば、今大会の「得点王」となる128点を稼ぎ出す活躍を見せ、日本の優勝に大きく貢献した。

 ヘッドコーチを務めた涌井俊裕は、今大会最も成長した選手として、その和知の名前を挙げる。

「もともとガッツがある選手だとは思っていたが、大会前は言えなかった自分の意見を言えるようになった」

 成長著しい和知は、世界屈指のスピードを誇る池崎がいる北海道ビッグディッパーズに所属している。その池崎と同じ、手足の筋肉が落ちていく難病「シャルコー・マリー・トゥース病」を3歳のときに発症。2014年の夏に、同じ病気ながら世界で活躍する池崎に出会ってウィルチェアーラグビーを始め、パラリンピック日本代表を目指すようになった。病気の進行に伴い、視覚に中心暗転ができるなどハンデはあるが、池崎と一緒に、筋トレや車いすで進みにくい人工芝で走り込みを行なうなど、トレーニングに励み、実にこの半年間で体重を10キロ増やした。

「いつか池さん(池崎)を超えてみせる」

 その目標が和知の原動力だ。

 来年のリオパラリンピック予選を前に、ベテランと若手が融合し、チームの士気は高まっている。パラリンピックのメダルを目指す日本代表は、ロンドンで4位に終わってから、カナダ人コーチを招聘したり、国際試合を増やすなどチームの活性化を図っている。

「日本は現在世界の中で4位だけれど、トップ3との距離は近いようですごく遠い」と危機感を募らせるのはロンドンパラリンピック日本代表の庄子だ。

「新しい選手の血を入れてやっていかないとトップの牙城は崩せない。だから若手の育成に注力し、なんとかトップ3との力の差をなくしたい」と力を込める。

 今回のアジアパラ競技大会や、その直前に千葉市でカナダを招いて行なったジャパンパラ競技大会が、若手にとって大きな経験になったことは間違いない。若い彼らの存在が、日本代表のメダル獲得につながるはずだ。

瀬長あすか●取材・文 text by Senaga Asuka