雨宮処凛さん

「生活保護」と聞いて、まず思い浮かべるのはどんなイメージでしょう? それが何かと問われたとき、すらすらと返答できるでしょうか?

失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで』(WAVE出版)を出版した大和彩さんも、ほんの1年半ほど前までは生活保護について、しっかりとした知識も、明確なイメージも持っていませんでした。しかし彼女は、突然のリストラ、体調悪化、貯金の枯渇、就職活動をするも100社連続不採用に見舞われ、貧困のまっただ中にいました。そこから生活保護受給にいたるまでの一部始終を書き著したのが、この1冊です。

女性ならではの貧困の実態を当事者目線で綴った大和さんと、貧困問題を追い続け『14歳からわかる生活保護 (14歳の世渡り術)』(河出書房新社)など多数の著書もある雨宮処凛さんとの対談です。

正社員だったのに生活保護という時代に突入した

雨宮処凛さん(以下、雨宮):私が驚いたのは、この本の著者が一度は正社員として勤めた経験もある女性だということです。貧困者支援の活動をしていて出会うのは、10代で家出をしてセックスワークに就いた女性や、シングルマザー。貧困の理由が、仕事以外のところにあるケースが多いですね。正社員だったのに生活保護……という女性の例を私はこれまで知らなかったので、そういう時代に突入したんだと痛感しました。現在は単身女性の3人に1人が貧困といわれていて、月10万円以下で暮らしています。国税庁の調査によると、非正規雇用の平均年収が168万円。でもこれは男女合わせての数字なので、女性だけにすると大幅に下回ることは明らかです。

――本書にも「他人事と思えない」という感想がたくさん寄せられているそうですが、女性のほうが非正規雇用に就く割合が多いので、スタートラインからして貧困に陥りやすいということですね。大和さんもそれを感じますか?

大和彩さん(以下、大和)
:正社員で働いていた会社からリストラされたとき、私と、もうひとりの女性正社員だけがその対象だったんです。さらに3か月間だけ契約社員として働いたところでも、「長期でお願いします」といわれていたにも関わらず、私ともうひとりの女性契約社員が短期で切られました。そもそも、どこの職場にいっても30代半ば以上の女性が働いているのを見たことがなかったので、おかしいなぁと感じてはいましたが……そうやって離職させられていたからなんですよね。

雨宮:女性の場合、ひとりで生きているだけでさらされるリスクが、男性よりはるかに高いですね。でも女性はいま突然、貧困になったわけではなく、戦前からずーっと貧しかったんです。家族制度、結婚制度の陰に隠れて見えなかっただけ。でも高度経済成長が終わるとともに、正社員の夫と専業主婦の妻と、子どもがふたりという「標準世帯」が一部でしか成り立たなくなりました。結婚できる人も限られているし、独身のまま仕事を続けても、大和さんがおっしゃるように35歳をすぎると非正規雇用の現場で切られやすくなり、40歳すぎるとさらに厳しい状態に……。そんな女性たちへの救済が何もないのだから、女性と貧困、あるいは生活保護は今後ますます密接になるでしょうね

女性が生活保護申請をしようとすると「風俗で働いてください」といわれることも

――女性と貧困というと、すぐにセックスワークと結びつけられます。「貧困女性のひとつのセーフティネット」という考え方もありますね。

雨宮:悪い意味でのセーフティネットですよね。いまは風俗店に所属するのではなく、出会い系サイトで客を見つけて個人で売春している女性もいますが、どんな危険な目に遭うかわからない。それなのに、若い女性やシングルマザーが役所で生活保護申請をしようとすると「じゃあ、風俗で働いてください」っていわれることもある。

大和:えっ!? それって本当にあるんですか? 都市伝説だと思っていました……。

雨宮:実話ですよ! それで実際に働いた人もいます。

大和:私も役所でいわれたら、「そうしなくちゃ」と思ったかもしれません。

雨宮:それが日本のルールなんだと思うでしょうね。生活保護を頼るな、身体を売れ、と。明らかに違法な対応だし、人権侵害ともいえます。

大和:生活保護を受けるより、風俗や借金のほうがマトモだという風潮がありますよね。でも私自身、自分が貧困状態にあると気づいてからも、生活保護については「自分とは無縁のもの」というイメージでした。そうではなく、いままで働いていた人が利用できる、もうちょっと気軽な制度があるだろうと思っていたし、実際にハローワークで教えてもらったものもあります。でも……フタをあけてみれば、それこそが「水際作戦」だったんです。

生活保護は「貧困に陥っても絶対に死なない方法」

『失職女子。』著者の大和彩さん

――「水際作戦」とは、生活保護を申請させないよう、役所があれこれ講じる手段のことです。大和さんの場合、それは「総合支援資金貸付」でした。区から低金利で借金して就職活動をし、生活を立て直すというものでしたが……。

大和:いま思えば、あれを利用せずに一足飛びに生活保護を申請していたほうがよかったけど、そのときは生活保護が何なのかも知らなかったんです。

雨宮:だいたいの人はそうですよ。学校でも習いませんしね。メディアで「こんなに悪い不正受給の人がいる」と報道され、そこにパチンコや安いお酒のイメージ映像が重ねられるものだから、観る人に「受給者は、働かずに国からお金をもらっている悪いヤツ」というイメージが植え付けられる。不正受給自体はよくないことだけれど、そんなことをしている人は、全体の2%未満。生活保護全体のイメージを決定づけるものではないはずなんです。

大和:私も福祉事務所で最初に生活保護を提案されたときは不本意でした。だから、図書館でいろいろ調べたんです。そのなかで「借金をするより生活保護で生活を立て直すほうが健全です」※という一文に出会いました。それまで借金より、生活保護のほうが人の道に外れているイメージがあったけど、この一文で生きる道が拓けました。さらに調べるうちに、「生活保護は福祉だ」というのがわかりました。国民が死なずに済むために考えだされた、やさしい福祉制度だと納得できたので、一時的にそれに頼ろうと決断できたんです。

雨宮:誰もが「健康で文化的な最低限の生活」を送るための制度であることが、日本では当たり前のこととして共有されていないんですよね。サラ金風俗マグロ漁船よりも、生活保護。貧困に陥っても絶対に死なない方法があるって、心強いことですよ。私もそれを知って、楽に生きられるようになりました。

※田村宏『絶対にあきらめない生活保護受給マニュアル』(2008年 同文館出版刊)より

>>>【後編に続く】生活保護受給者でも自分を責める必要はない 『失職女子。』著者が雨宮処凛と語る、貧困女性の「セーフティネット」

●大和彩
大学で美術、音楽、デザインを専攻し、卒業後はメーカーなどに勤務するも、会社の倒産、契約終了、リストラなどで次々と職を失う。正社員、契約社員、派遣社員などあらゆる就業形態で働いた経験あり。現在は生活保護受給中。2013年6月より女性向けwebサイトで執筆活動を始める。

●雨宮処凛
北海道生まれ。作家・活動家。2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビューし、以来、「生きづらさ」についての著作を発表しつづける。同時に、「反貧困ネットワーク」世話人を務め、「フリーター全般労働組合」に参加するなど、貧困問題に積極的に取り組んでいる。

(三浦ゆえ)