『NOVA+ バベル: 書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)』宮部 みゆき,月村 了衛,藤井 太洋,宮内 悠介,野崎 まど,酉島 伝法,長谷 敏司,円城 塔 河出書房新社

写真拡大

 大森望編のオリジナル・アンソロジー・シリーズ《NOVA》全10冊は、第34回日本SF大賞特別賞を受賞した。今年4月25日の贈賞式ではしおらしいスピーチをした大森望だが、その3週間前に開催されたSFイベント「はるこん」の企画では「アンソロジーが特別賞というのはアタリマエすぎてツマらない。ここは大賞にするか、さもなくば賞なしか、どちらかにすべきだよなあ」と放言して、観客の喝采を浴びていた。そういう男である。

 いっけんウケを狙っているだけのように思えるが、実はここに大森望の本質が垣間見られる。アタリマエをよしとせず、演出や効果まで考えぬいて企画をしかける。平たく言えばショーマンシップだが、それを豊富な知識・人脈で肉づけするのが彼一流の編集才覚だろう。それが本書にもいかんなく発揮されている。

 新しいアンソロジー・シリーズ《NOVA+》の、これが第1巻。前の《NOVA》が巻数表記だったのに対し、こんかいは表題作方式になっている。表題作「バベル」の作者は長谷敏司で、ほかに参加しているのは酉島伝法、宮内悠介、藤井太洋、野崎まど、月村了衛、宮部みゆきといった顔ぶれ。つまり、第34回日本SF大賞の候補になった全員に加えて、その前年の第33回受賞者(月村)と同じく審査委員(宮部)がゲスト出演という趣向だ(宮部さんはまた第18回日本SF大賞の受賞者でもある)。こうしたラインナップを即座に思いつき、すらすら交渉してしまうのが大森望のフットワークである。受賞作決定の当日にこの内容をまとめたというのだから舌を巻く。

 収録作品中もっともボリュームがあり、内容的にもずっしりくるのが長谷敏司「バベル」だ。未来のイスラーム圏を舞台に、ビッグデータの活用と政治・文化的な摩擦が重層的に扱われる。主人公のIT技術者ハリムは、システムをひとつの言語とみなし、その文構造を自動生成させるシステムを構築する。蓄積されたビッグデータに基づけば、現実の事象をシステム/言語構造化して動向を予測することができるのだ。そこでは、ひとつひとつのデータ(いわば単語)の意味を問う必要はない。むしろ、意味を扱おうとするとシステムの精度が落ちてしまう。ハリムはこのシステムをファッション・ビジネスに役立てていたが、勤務する企業(ムスリム系のアパレル)にファハドという名の男が訪ねてきたことで歯車が狂いだす。ファハドは会社幹部の甥で会社の見学に来ただけと紹介されるが、「イスラームの聖戦」など口走り挙動がおかしい。ハリムのシステムは意味を問わず、社会の動向を予測することができる。文化摩擦によるストレスやテロの影響なども扱いうるが、そこでは個々の人間の事情や感情などは一切斟酌されいない。だとしたら、正義の根拠はどこにあるのか? 意味を問うことの困難がバベルの塔の混乱と重ねあわされ、鮮やかな印象を残す。象徴的な塔が作中にさりげなく書きこまれているあたりも、さすが長谷敏司だ。

 酉島伝法「奏で手のヌフレツン」も期待にたがわぬ出来映え。わけのわからぬイメージの凄さでは、SF大賞受賞作『皆勤の徒』すら上まわる。なにしろ、この作品では太陽や月も無機的な物体ではなく、身体性のようなものを有しているのだ。異様世界における異様生物の異様生態と異様文化を異様語彙によって描いているので、頭から順番に理解しようとして読むと途方にくれるだろう。しかし、なにも心配いらない。SFを読み慣れたひとならば、この世界がある種の人工天体であることに気づくはずだし、作中の情緒に寄りそうひとは親子のつながりや演奏家を目ざす青年の憧憬と努力に共感して読める。それらを取っかかりにして作品へ入っていけばいいのだ。再読三読と繰りかえすたび、新しい発見が得られる。

 異様と言えば、野崎まど「第五の地平」もかなり異様。これはチンギス・ハーンが領土を宇宙にまで広げる物語だ。その過程で最大の障害になるのが宇宙には草原がないことだが、それをチンギスは宇宙草によって解決した。......って、どういうこと? バリントン・J・ベイリーばりのメタフィジカルな奇想が繰り広げられる。

 藤井太洋「ノー・パラドクス」もかなりロジックが捩れた奇想SF。量子的多元宇宙が前提の実験によって、因果律を超越した時間旅行が可能になる。もう過去など変え放題! ただし問題は、元の現在に戻ってこられないことだ。そんな世界で時間旅行エージェントを営む男が主人公で、ドタバタ・ユーモア調の物語が進行する。ロバート・シェクリイやウィリアム・テンみたいな味が楽しいが、それで終わる藤井太洋ではない。「2800年問題」の謎----これより先の時間へはなぜか行き来ができない----をめぐって、超絶論理の結末が待っている。

 円城塔「φ(ファイ)」は、編者の大森望が〔テッド・チャンの名作「息吹」の変奏と言えなくもない〕と紹介する作品だが、ぼくはむしろ筒井康隆『残像に口紅を』とよく似ていると思った。テキストの遊びなのに妙な情緒性が醸しだされる。

 宮内悠介「スペース珊瑚礁」は、旧《NOVA》からつづくユーモアSF《スペース金融道》の新作。身中のナノマシンが勝手に借金をした場合、その宿主に返済義務はあるか----というのが今回のお題だが、もちろん新星金融の凄腕取り立て人ユーセフが容赦するはずがない。このシリーズで面白いのは、ユーセフに翻弄されるのは返済人よりもユーセフの部下である語り手(ぼく)だという点だ。こんかいも可哀想。

 月村了衛「機龍警察 化生」も人気シリーズの新作(《機龍警察》は早川書房から長篇4作が既刊)。経済産業省の職員の自殺をきっかけとして、量子コンピュータ実現の要となる新素材の機密漏洩が浮上する。その機密は警視庁にとっても余所ごとではなかった......。これまでの《機龍警察》では伏せられていたテクノロジカルな謎の一端にふれる作品だ。

 宮部みゆき「戦闘員」では、主人公たちが日常のなかのささいな違和に気づき、そこから社会を覆う陰謀(あるいは侵略?)へと接近していく。焦点となるのは監視カメラ。まさに宮部みゆきは目の付けどころがいい。もしかすると、これが長篇の序章になるのだろうか。本篇は「戦闘員」と題されているが、戦いそのものはまだはじまっていない。

 さて、幕開けの第1巻からこれだけの内容をぶつけてきた《NOVA+》。はたして続巻はどんなことを仕掛けてくるやら。また10冊凄いのが並んだら、今度こそ大賞確実?!

(牧眞司)