『黒い瞳のブロンド (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』ベンジャミン ブラック 早川書房

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 一般小説の作者、それも既に地位を築き上げた書き手が別名でミステリーを手がける例は珍しいことではない。

 たとえばゴア・ヴィダルはエドガー・ボックス名義で『死は熱いのがお好き』(ハヤカワ・ミステリ)他の犯罪小説を書いている。存命作家では、『終わりの感覚』(新潮クレストブックス)でブッカー賞を獲得したジュリアン・バーンズが有名だ。彼のもう一つの名前は『顔役を撃て』『愚か者の街』(ともにハヤカワ・ミステリ)などが邦訳されている、ダン・キャヴァナーだ。『終わりの感覚』にも謎の興味で牽引する要素はあり、広義のミステリーに含めることができる。キャヴァナー名義の作品は、むしろ私立探偵小説のパロディというべき人を食った内容で、玄人好みの良作であった。

 そして最近では、同じブッカー賞作家のジョン・バンヴィルがベンジャミン・ブラック名義でスリラーを書いていることがよく知られている。過去に『ダブリンで死んだ娘』(ランダムハウス講談社文庫)『溺れる白鳥』(RHブックス・プラス文庫)の二作が訳されてきた。これまた文豪の手すさびと言っては失礼なほどの完成度の高い作品である。

 そして今回、新たに『黒い瞳のブロンド』が翻訳された。題名を見ただけで、おおっ、と思った人はかなりの犯罪小説通だ。原題のThe Black-eyed Blondeは、故・レイモンド・チャンドラーが、将来書く可能性のある作品としてリストアップしていたものだからである。そのことから判るとおり、本書はチャンドラーの創造した私立探偵フィリップ・マーロウもののパスティーシュになっている。もちろん、作家の遺族公認だ。さらにさらに嬉しいことに、物語内時間は1950年代初めのある年に設定されている(訳者あとがきで詳述されているとおり、ある出来事に着目すれば年まで特定できる)。これはマーロウものの代表作『長いお別れ(ロング・グッドバイ)』と『プレイバック』(ともにハヤカワ・ミステリ文庫)の間の時期に当たる。もちろん、両作の重要な登場人物であるテリー・レノックス、リンダ・ローリングについても作中で言及があるのだ。レノックスとマーロウが一緒に「まっとうなギムレット」を飲んだ酒場〈ヴィクターズ〉だって出てくる。おお、さすが「公認」作品ですな!

 読み始めるとすぐにブラック(バンヴィル)の本気度がわかる。原作の再現度が半端ではないからだ。「地球の回転が止まったのではないかと訝りたくなるような、夏のある火曜日の午後のことだった」と本文は始まる。おお、この比喩だ。そしてマーロウの叩く軽口と警句の数々も随所に散りばめられている。

----私は探偵だから信用できますよ、と言わんばかりのとっておきの深味のある声音で中に入るよう声をかけるひまもなく、彼女がノックをせずに入ってきた。
----生き続けて学ぶしかない、マーロウ。生き続けて学ぶのだ。

 チャンドラーのマーロウ物語には上流階級で頽廃的な生活を送る人々が多数出てくる。今回のマーロウの依頼人はクレア・キャヴェンディッシュという女性であり、彼女と夫のリチャード、クレアの母親であるドロシア・ラングリッシュと異父弟のエヴァレット・エドワーズの住むラングリッシュ・ロッジが物語の主舞台の一つになる。この四人には、過去のチャンドラー作品の登場人物を思わせるような要素がそれぞれ割り振られており(性別は逆転していることもある)、大いに既視感がある。また、注目したいのは庭園に植えられたパームツリーなどの植物である。そして、マーロウが目にする数種類の動物だちである。チャンドラーはそうした動植物を文章に織り込んでいくことにより、南カリフォルニアの風景を魅力的に描き出していった。そうした雰囲気が丁寧になぞられているのである。人物配置と舞台設定があるから、読者はすぐに「これは中断されていたマーロウの物語だ」と納得して小説世界の中に入っていくことができる。

 もちろん、雰囲気だけの小説ではない。ブロンドとしては珍しい黒い瞳を持つクレア(彼女こそが本書の中心人物である)の依頼は、別れた愛人のニコ・ピーターソンという男の消息を追うことだった。人捜しは私立探偵小説の常道。作者はわかっていらっしゃる。
 調査を始めてすぐマーロウは、ニコの身に異変が起きており、それを当のクレアが熟知していたことに気づく。謎めいた美女は、明らかに依頼の真意を打ち明けていない。しかし本当のことを言わないからと言って、黒い瞳を持つブロンド美女の依頼を断る理由はないではないか。クレアに不信を抱きながらも、マーロウは調査を続行するのである。

 この初期の疑惑がずっと跡を引くことになり、終盤の展開にもつながっていく。そう、判りやすく、人目を引く、ミステリーならではの大仕掛けが準備されているのだ。チャンドラーの正典を読んでなくてもまったく楽しむには問題がないが、数作読んでおくとさらに楽しみは増す、とだけ言っておこう。むろん読むとすれば直接の前編にあたる『長いお別れ』が最も望ましい。

 はるか昔に読んだ物語の続きがまた現れたことに思わず興奮してしまった。それほどまでに没入させてくれる一冊なのである。これには訳者である小鷹信光の力が大きいはずだ。小鷹といえばダシール・ハメット訳者の印象が強かったが、今回初めて「チャンドラー訳者」にもなったことになる。文体はどちらかといえば清水俊二文体ではなく、新しい村上春樹のそれに近い。現代風にバージョン・チェンジしたマーロウ物語なのである。すべてのチャンドラー・ファン、私立探偵小説ファンにこの作品をお薦めする。

(杉江松恋)